神奈川県北西部に位置する相模原市では、2025年より多職種連携ICTツールとして「メディカルケアステーション(MCS)」を推奨しています。導入の背景や現場での変化、そして未来の展望について、中心人物である4名にお話を伺いました。
市の推奨ツールとしてMCSを選んだ理由を教えてください。
中村氏:相模原市では、医療・介護関係者の情報共有の在り方について以前から検討を重ねてきました。もともと【支え手帳】という紙媒体のツールがあり、モデル地域での運用や、医療・介護関係者が集まる在宅医療・介護連携推進会議などの場を通じて、その活用方法を模索してきた経緯があります。アンケート結果や意見交換の場で見えてきたのは、紙媒体のニーズが一定数ある一方で、現場の専門職の方々からは「ICTツールを活用したリアルタイムな情報共有手段が必要だ」という非常に多くのお声でした。これを受け、市としてICTツールの推進を決定したのですが、選定にあたっては慎重に検討を進めました。現在、MCS以外にも様々な連携ツールが存在しますので、担当者が他自治体へ視察に伺ったり、すでに地域でICTツールを活用されている方々へヒアリングを行ったりして比較検討を行いました。最終的にMCSを選定した決め手は、無料で利用できること、そして、厚生労働省のガイドラインに準拠しており、セキュリティ基盤が極めて強固であることでした。これらが市として推奨する上での大きな安心材料となり、導入・活用を開始するに至ったのが最初のきっかけです。
MCSを推奨ツールとして選定後、周知を目的とした個別説明会を開催された際の参加者の反応はいかがでしたか。
渡邊氏:ICTを活用したほうが良いとは分かっていても、具体的にどう始めればいいのか、自分たちの業務がどう変わるのかといったイメージが全くつかない状態の方は、実際には非常にたくさんいらっしゃるかと思います。今回の説明会では、そうした方々が実際に集まり、具体的な操作方法を学んだり、先行して活用している事例を聞いたりすることができました。「こうやって使うんだ」「こういうふうに便利になるんだ」という具体的なイメージを共有できたことで、これまでハードルが高いと感じていたICTツールを身近に感じていただけた。その点において、説明会を開催した意義は非常に大きかったと思います。
市がMCSを推奨してくれたことで何かメリットや変化はありましたか。
水上氏:相模原市では以前から多職種の顔の見える関係作り自体はしっかりと行われてきました。一方で、直接お会いすることの大切さはもちろんですが、日々の業務におけるやり取りにおいて、1対1ではなくその患者さんに関わっているメンバー全員がリアルタイムで情報を共有できる仕組みについては、以前から模索していたところでした。
例えば当クリニックの訪問診療では、以前からクラウド型の電子カルテを使用しており、関係職種の方にアクセス権を付与してカルテを閲覧できるようにするといった試みもしていました。しかし、やはり事業所ごとに使用しているシステムが異なるため、共通のプラットフォームとして運用するには難しい面がありました。そうした中で、スマートフォンで手軽に利用でき、操作が簡便なMCSを活用できたことは、非常に大きなメリットだったと感じています。多職種連携をさらなる次の一歩へと進める上で、クラウド上で完結できるMCSは非常に有用であり、推奨ツールとして選定してくださった市の方々には深く感謝しております。
黒沢氏:ケアマネジャーは外出している時間が非常に長いため、事務所に戻ってPCを開かないと情報が確認できないという状況は、以前から大きな課題でした。その点、スマートフォンで場所を選ばず確認できるMCSは、私たちの働き方に非常にマッチしています。特に効果を実感しているのは、画像や動画による情報共有です。例えば、褥瘡の状態を写真で共有したり、リハビリの様子を動画でアップしたりしています。また、ちょっとしたことですが、物品の置き場所などを写真で撮り「ここに荷物を置いたので、ヘルパーさんよろしくお願いしますね」と共有するだけで、文章よりも格段に正確に場所が伝わります。さらに「今日のリハビリでここまで動けるようになりました」といった動画付きの報告が流れてくると、チーム全体のモチベーションが目に見えて上がります。中にはご家族もグループに参加されているケースがありますが、1ヶ月ごとに動画をアップすることで、ご本人やご家族が回復の過程を直接見比べることができ、大変喜ばれています。市がMCSを推奨してくれたことによりMCSの登録者が増え、こうした手軽かつ視認性の高い情報伝達がリアルタイムで行えるようになったことは、現場の負担軽減だけでなく多職種連携の質を向上させる上でも非常に助かっています。
中村氏:市としましても、他の課から「MCSというICTツールを導入したと聞いたけど、具体的にどう活用しているのか、どんなツールなのか教えてほしい」といった問い合わせを受ける機会が増えました。例えば、精神保健分野や難病支援分野といった別の部署からも相談が入るようになり、庁内でミニ説明会のような形で何度か共有を行っています。実際に私のスマートフォンをお見せしながら具体的な使用方法をお伝えしました。このように、当初の想定を超えて、庁内でも分野を横断した関心の高まりを感じています。日常的な運用の活性化を目的として、行政からも積極的かつ定期的な情報発信を心掛けています。
渡邊氏:市としてMCSを推奨ツールに決定してからは、様々な関連団体へ出向いてその旨をお伝えし、活用を働きかけてきました。その好例の一つが、相模原市訪問看護ステーション管理者会の集まりです。これまでその会ではメーリングリストを主な連絡手段として使用していましたが、ある時メンバーの中から「この会でMCSグループを作りませんか」という意見が上がりました。その際市が推奨しているツールということが後押しとなり、当時はまだMCSを導入していなかったステーションも含めて、一気に導入が進みました。現在、そのグループでは非常に活発なやり取りが行われています。例えば「医学部の学生実習を受け入れてくれるステーションはないか」という相談や「特定行為研修を受講したスタッフはいるが、自事業所に該当するケースがない。どこかで見学させてもらえないか」といった専門的な相互扶助、さらには会議の出欠確認に至るまで、多岐にわたる情報交換がリアルタイムで行われています。このように、市が推奨という明確な旗振りをしたことがきっかけとなり、現場の皆さんが主体的に動き出す、良い流れを生み出せたのではないかと感じています。
今後MCSや地域で取り組んでいきたいことがあれば教えてください。
中村氏:MCSの推奨を開始したこの流れを止めることなく、さらなる普及と定着を図っていきたいと考えています。これまでの経験から、説明会を一度開催しただけでは、時間の経過とともにどうしても関心が薄れてしまうという課題を感じています。今後は、単なる機能やメリットの紹介に留まらず、現場の皆さんが「これなら自分たちの業務でも使える」と具体的にイメージできるような、好事例の共有の場を定期的に設けていきたいと考えています。こうした企画を単発で終わらせるのではなく、毎年定期的に実施することで、活用の質を高めながら普及を促進するサイクルを作ることが目標です。また、現在は医療・介護連携が中心ですが、行政からはそれ以外の分野でも日々様々な情報発信を行っています。今後はこうした情報提供の枠組みにもMCSを広げていくことで、より多角的な連携プラットフォームへと成長させていければと期待しています。
渡邊氏:ICTツールの活用を地域に根付かせるには、派手な施策だけでなく、やはりこうした地道な啓発活動と成功体験の共有を積み重ねていくことが不可欠だと思いますので、中村さんと協力しながら取り組んでいきます。
最後に、導入検討中の地域に向けたアドバイスをお願いします。
中村氏:市としてICTツールを推奨していくにあたって、無料で誰でも簡単に使い始められること、医療情報を扱う上で信頼できる強固なセキュリティを備えていること、この2点がMCSを選定した一番のポイントです。無料で基本機能が使えることは、行政側のコストを抑えるためだけではありません。現場で実際に連携を担う医療介護従事者の皆様にとって、導入時の心理的・経済的なハードルを最大限に下げられることが最大のメリットだと考えています。市が推奨しているツールがあるという事実は、現場の皆様にとって一歩踏み出すための大きな安心感に繋がります。「市が進めているものなら、試しに使ってみようかな」と感じていただくことが、普及拡大への確かな第一歩になると信じています。まずは小さな繋がりからで構いません。少しずつ活用の輪を広げ、地域全体でのスムーズな連携を共に目指していきましょう!
渡邊氏:セキュリティの担保や予算の確保は、どの事業所様も共通して悩まれている課題だと思います。世の中には多くのICTツールが存在し、本来であればどのツールを使っても、スムーズな連携ができ、最終的に患者さんの支援に繋がるというゴールに辿り着ければ問題はありません。しかし、実際には「何を選べばいいのか分からない」「操作が難しそう」と立ち止まっている方がまだたくさんいらっしゃいます。市が推奨しフォローすることで、現場には安心感が生まれ、まずはお試しでやってみようという最初の一歩が踏み出しやすくなります。そこから先は、現場の皆様が自ら「こんな使い方ができるんだ」と創意工夫を凝らし、自走し始めてくださいます。まずは、行政がそのきっかけを作り、ハードルを下げることから始まります。現場の皆様と一緒に、ICTの力で仕事をより楽に、より豊かに変えていく。そんな未来を目指して、ぜひ一歩踏み出し、共にチャレンジしていきましょう!
「相模原市の多職種連携グループへの参加方法」:https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/kosodate/1026646/kaigo/1032025.html
