
神奈川県相模原市が推奨する多職種連携ICTツール「メディカルケアステーション(MCS)」。後編では、実際に現場で活用している水上氏と黒沢氏の視点から、具体的な活用法やメリット、今後の可能性について深掘りします。
MCSとの出会いについて教えてください。
水上氏:もともと訪問看護ステーションとの連携をメインに行うためのツールを検討したことでした。それまでの訪問看護ステーションとのやり取りは、電話とFAXが中心だったのですが、皮膚科に携わっていたこともあり、訪問診療の現場における褥瘡などの皮膚所見を、どのように共有するかという点には以前から難しさを感じていました。何かの折にMCSを知る機会があり、そこから一度使ってみようということになり、徐々に活用する場面が増えていきました。
黒沢氏:2019年頃から「みどり北をつなぐ会」のメンバーとの連携でMCSを使い始めました。以前使用していたツールは、個人情報の取り扱いやセキュリティの観点から懸念があり、厚生労働省などのガイドラインに準拠して利用できるMCSへの移行を決めました。現場での活用方法は多岐にわたります。例えば、認知症の方が自室からいなくなり行方不明になってしまった際「〇〇さんが行方不明です。もし街で見かけたら連絡をください」といった情報を写真付きで一斉に共有しています。命を守るための即時性を優先した活用法かもしれませんが、多職種が連携しているからこそできる非常に有効な手段だと感じています。
MCSを導入して良かったことはありますか。
水上氏:MCSは画像を添付できるので、褥瘡に関する訪問看護指示書を出した際、その後の経過を多職種で一括して共有できるようになり、課題解決に繋がりました。「今日はこのような状況だったので、塗り薬をこのように塗布しました」といった報告や「処置のやり方を少し変更しました」といった細かな情報が、一気にそしてリアルタイムに共有できるようになったこと、これが一番大きな変化だと感じています。
黒沢氏:現在は「みどり北をつなぐ会」やケアマネジャーの会といったコミュニティだけでなく、自社と訪問看護ステーション、あるいは特定の病院といった形で、組織を跨いだ連携グループを構築し、活用を広げています。ケアマネジャーは外出が多いため、事務所に戻ってPCを開かないと情報が見られないのは大きな負担でした。スマホでどこでも確認できるMCSは私たちの働き方に合っています。 リハビリ動画の共有も画期的です。以前は同行訪問しないと分からなかった実際の手の動きが動画で見られます。また、物品の置き場所を写真で撮り「ここに置いたのでお願いします」と伝えるだけで、情報の正確性が格段に上がります。こうした視覚情報の共有は、現場の負担軽減と質の向上に直結しています。
これから地域で取り組んでいきたいことはありますか
水上氏:本来であれば、コロナ禍のような有事にこそMCSをフル活用し、どの病院の病床が空いているか、どこへの転院が可能か、といったリアルタイムな連携が取れる体制構築を行っておくべきでした。訪問診療の現場では、急な入院が必要になったり、救急隊を通じて入院を依頼したりすることが多々あります。しかし現状では、どこの病院にどれだけの空きがあるか、という情報は、現場には全くと言っていいほど入ってきません。
実際、今の入退院連携は直接電話で行っています。まずベッドが空いているかを確認し、性別の制限などを聞く。返答を待つ間に10分、15分と時間が過ぎていくのは当たり前です。その間、他の病院に当たることも失礼に当たるためできず、非常に非効率な状況があります。今後は医師会として、入退院支援のロールモデルをこの地域で構築していきたいと考えています。具体的には、病床の空き状況や受け入れ可否といった情報をリアルタイムに共有し、各病院の稼働状況を一目で把握できる仕組みです。
逆に退院支援においても、急遽退院を希望される方がいるが、すぐに受け入れ可能な訪問診療クリニックはどこか、といったマッチングが、MCS上でスムーズに行えるようになることが理想です。コロナ禍の経験を教訓に、今後はこうした「待たせない、迷わない」連携体制を作っていきたいと考えています。
黒沢氏:私達ケアマネジャーにとって、場所を選ばず活用できるMCSは非常に心強いツールです。一方で、拠点を持って活動する特別養護老人ホームやデイサービスのMCS活用にハードルがあると感じています。このような施設では、スタッフ全員が自分専用の端末を持っているわけではなく、共有のパソコンや限られた端末で業務を行うことが多いため、リアルタイムな共有ツールであるMCSが浸透しにくいという現状があります。しかし、入所・退所、特に介護老人保健施設からの退所時などは、在宅生活へのスムーズな移行のために、施設と地域の密接な連携が欠かせません。端末の課題は残りますが、こうした重要な場面でこそ、施設や職種の垣根を超えて連携を深めていければと願っています。また、介護保険を利用されている方には必ず主治医がいます。私の理想は、連携が必要なすべての利用者様において、主治医を交えたケアチームのグループがMCS上に構築されている状態です。
今後は、単にツールを導入して終わりにするのではなく、本当に必要とされるメンバーが必要なタイミングで即座にグループを組めるような仕組みを整えていきたい。そうすることで、点と点を線で結び、相模原市全体の連携をより一層深めていきたいと考えています。
最後に導入検討中の施設や医療介護従事者の方に向けたアドバイスをお願いします。
水上氏:私が相模原市で開業した当時、中村さんからもお話があった「支え手帳」がありました。患者さんご本人が手帳を持ち、そこに様々な職種の方が日々の状況を書き込んでいましたが、それはあくまでアナログな媒体で、実際に患者さんのご自宅に伺わない限りどのような記録があるのかを確認することができませんでした。そうした背景から、情報をリアルタイムに、いつでもどこからでも閲覧・共有できる仕組みをずっと探し求めていたのですが、それがまさにMCSのようなツールだったのです。
すべては”患者さんのため”であるべきだと考えています。関わっている多職種の方々が常に最新の情報を共有し、最善の状況を整えること。そして解決すべき問題が発生した際にはいち早く共有し、誰がどのように動くのかを正しく判断すること。これらを確実に行うためには、アナログよりも、こうしたMCSを活用した連携の方がより適しているのではないかと考えています。
また、MCSは平時だけでなく災害時にも有効な力を発揮すると思っています。私は能登半島地震の災害支援に携わっていたのですが、最大の課題は「情報の空白」でした。どの避難所で、今何が起きているのか、どこにどの物資が必要なのか、という情報が全く収集できなかったのです。災害時は普段できていたことができないという過酷な状況からスタートします。それでも、適切な物資を適切な場所へ届けるために、何より不可欠なのは情報です。
多職種が市という単位で繋がるとき、日頃の業務を通じて培われた信頼関係や連携の積み重ねが、そのまま災害時の迅速な支援へと直結します。まずは日常の業務でこのツールを使い込み、顔の見える関係をデジタル上でも構築しておくこと。それが、巡り巡って地域の命を守ることに繋がると考えています。
黒沢氏:市がMCSを推奨し、多職種連携グループの運用が始まってから、グループに参加している方々と『つながり』ができ、個別の相談をいただく機会が格段に増えました。これまでは聞きたくてもタイミングが合わず、躊躇していたようなことも、MCSという共通の場があることで気軽に相談し合えるようになったと思います。
一方で、現在も利用をお勧めしてもなかなか登録に踏み切れない方がいらっしゃるのも事実です。私が連携先に求めているのは、「助かった」「楽になった」という実感です。これがないと、人はどうしても新しい手間を惜しんでしまいます。「今は少し大変かもしれないけれど、これを覚えればその先で自分が楽になる、連携先から助かったと感謝されますよ」と、未来の姿を地道に伝えていくことが大切だと思っています。ICTが苦手な方には「今さら覚えるのは大変」という声もありますが、「その後、絶対に楽になりますよ」と伝え続けていきたいです。
行政が「手軽で安全」というツールを推奨し、現場が「患者さんのため、そして自分たちが楽になるため」と旗を振る。この強力なタッグがあるからこそ、相模原市の多職種連携は、点から線、そして面へと広がり続けていく未来が見えたインタビューでした。
