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災害時に役立った400名超の多職種ネットワーク『虹ねっとcom』(大阪・豊中市)

▲大阪で広域的な地域包括ケアシステムの実現に向けて取り組む「つじクリニック」院長の辻毅嗣医師

大阪府の豊中市医師会が『虹ねっとcom』の愛称で運用する、独自の多職種連携の在宅医療・介護連携ネットワーク。実は多職種連携の現場に欠かせないコミュニケーションツールとして、MCS(メディカルケアステーション)のシステムがそのまま採用されている。豊中市医師会で在宅医療担当理事を務める「つじクリニック」院長の辻毅嗣医師に、ICTツールの導入背景や今後の展望について、今夏の天災時の経験を中心に話を聞いた。

多職種連携”虹ねっと”に、ICTツールを段階的に導入

2006年、豊中市では医師会、歯科医師会、薬剤師会、保健所、豊中市、その他の医療福祉関係者で構成される「在宅医療・ケア推進連絡会議」を豊中市保健所で開催。2007年には市内7カ所で「医療と介護の実務者連携会議」を開催するなど早くから多職種連携の取り組みが始まっていた。

「2009年から『市民が住み慣れた場所で安心して最期まで暮らせる環境をつくること』を理念とする”虹ねっと”という多職種連携の会が発足しました。当初は、顔の見える環境を作ろうということで、医師とケアマネジャー(以下ケアマネ)を中心に、患者についての事例紹介やグループディスカッションなどをメインに定期的なミーティング開催を前提として、エリアごとの活動から始まりました」(辻氏)

2011年から豊中市医師会を中心に、歯科医師会、薬剤師会、訪問看護ステーション連絡会、病院連絡協議会、介護保険事業者連絡会、保健所など、多職種連携の拠点として活動を始めた『虹ねっと連絡会』。開設当初は医療側と介護側のスタッフがせっかく顔をそろえても、お互いまだ本音で話し合えるような雰囲気ではなかったという。

「それが少しずつ、患者の入退院支援とか、多職種連携スキルアップとか、必要なテーマごとにワーキンググループ(W.G)を立ち上げるようになりました。ICT検討W.Gもその一つ。2016年に発足し、複数のICTツールの検討を行いました」。誰にでも使い勝手のよい情報共有システムを導入することで、多職種間のコミュニケーションを高め、業務の効率化による現場スタッフの負担軽減を図ることが大きな目的だった。

「電話やファクスと同じ感覚で、気軽に使えるコミュニケーションツールが私たちには向いているだろうということで、最終的にMCSを選定しました。もともと“虹ねっと”の名で多職種連携の関係性はあったので、そこにツールを導入した形です。モデルエリア(少路・柴原・庄内)でまず2年間の試験運用を行い、メリットの大きさと問題がないことを確認したうえで、2018年4月から豊中市全体で使うことになりました。現在『虹ねっとcom』には469人(2018年10月時点。台風時は434名)の多職種連携のスタッフが登録しており、全員が入っている自由グループも存在します」(辻氏)

(※編集部注:在宅医療多職種連携での活用については次号で詳しくご紹介します)

今夏の天災時に役立った『虹ねっとcom』

2018年6月18日に最大震度6弱を記録した大阪府北部地震。時刻は朝の通勤時間帯に当たる午前7時58分。豊中市と隣接する箕面市では、震度6弱、豊中市では震度5強が観測された。辻医師は豊中市の自宅で大きな揺れを感じ、まもなく停電。真っ先に『虹ねっとcom』で関係者への呼びかけを行った。

「停電は短時間だったので、すぐにテレビは見られたのですが、報道されるのは、広域情報や被害の大きい場所の情報ばかり。私たちが知りたい、自分たちの患者がいるエリアの様子はなかなか出てこない。停電が終わっても数時間は電話がつながりにくい状態が続き、地域の情報共有で最も役立ったのが『虹ねっとcom』(MCS)でした。『虹ねっとcom』でつながっている医療・介護スタッフはこのエリアで働いているので、どの程度の被害がどこに出ているかの情報がどんどん共有されました。こうしたピンポイントの情報が在宅医療を行ううえでとても役立ちました」

さらに9月4日には、近畿地方を超大型の台風21号が直撃。大阪の都市部への影響は甚大で、停電は地震のときより長引いたところもあった。『虹ねっとcom』には当日の14時18分にエリア内の被災状況や安否確認が上がり始め、最初の2、3分で6件の投稿があった。

「たとえば、強風で電柱が倒れ道路がふさがれている箕面の写真を見て、そこを車が通行できない状況であることが分かりました」(辻氏)
停電でファクスや電話がつながりにくいような被災直後において、MCSが役立つツールであることが図らずとも実証されたのである。

これを機に、豊中市医師会の理事会では、『虹ねっとcom』上に豊中市医師会理事会のグループを作成。災害時などの緊急時に、従来使っていた役員緊急連絡網(携帯電話の連絡網)に代えて使用することを前提に、まず日頃の理事会の資料配布や欠席の連絡をここで行うことが決まった。「以前から『虹ねっとcom』は災害時に役立つのではと言っていたのですが、こんなに早くに身をもって知ることになるとは…。導入時の説明会で、『災害時だからと特に何も準備することはありません。そのまま使えますから』って言われたんですが、全くその通りでした」と、辻氏はつい数カ月前のことを振り返る。

想定外が起きるのが非常時。確認手段があることが重要

「病院は優先的に電気が復旧するんですけど、介護施設が復旧したのはその日の夕方くらいでした。一般のマンションとかアパートはさらに遅くて、数日間エレベーターが動かなかったり。電動シャッターや機械式のパーキングでは、1週間も車が出せないところもあったそうです」(辻氏)

非常時の問題は、経験してこそわかることが多い。台風21号の時は、1週間くらい停電した医療機関もあったという。

「停電した時、私たちが心配するのは、在宅酸素療法を受けておられる患者です。地震のときは停電時間が短くてそこまで気にする必要がなかったのですが、台風のときは当院も5時間くらい停電していました。患者さんに連絡を取ろうとしても、電子カルテが立ち上がらない。訪問診療の患者はスマートフォンに全部の連絡先が入っているんですけど、その方は外来患者だったので、電話番号がわかりませんでした」

仕方がないので急遽、辻医師がその患者が住むエリアの訪問看護師に予備の酸素ボンベの有無を電話で確認したところ、該当エリアは停電していないということ、その患者宅には酸素ボンベのストックが5本くらいあるということなどがすぐにわかった。急ぐことは電話で、急がない場合はMCSでという使い分けもできていた。

「私たちは、停電はいずれ復旧されるものだと思い込んでいる。しかし、停電時間によっては冷蔵庫の温度が上がってワクチン使えなくなるなど、各医療機関の問題点を検証しておくことが必要です。また、病院の被災状況はセンシティブな重要情報です。一般的なSNSの方がみんなすでにアカウントを持っていて便利という意見もあるが、災害時も信頼のおけるセキュリティの元で運用できるのが理想的です。これについてはだんだん理解が得られていますね」

▲6月18日に大阪府北部エリアに最大震度6弱の大地震発生、9月4日に大阪府都市部を大型台風21号が直撃。災害時の必要なときだけ書き込みが増加していることが分かる

■災害時に『虹ねっとcom』(MCS)で確認できたこと

■2018年災害における在宅医療観点での気づきと学び

豊中から豊能医療圏まで、エリアを超えたネットワークへ

このような震災時の経験をもとに、辻氏は豊中市の活動を、より広域の取り組みへと広げていくことを目指している。

「大阪府では8つの医療圏で地域医療構想を進めていますが、まずは豊能医療圏で『虹ねっとcom』の取り組みを紹介し、そこから豊能医療圏全体での取り組みに広げていきたいと考えています」(辻氏)

大阪府北部に位置する豊能医療圏は、豊中市、池田市、吹田市、箕面市、豊能町、能勢町と6つの行政区域で構成される。関西圏では「北摂」と呼ばれる地域で、豊かな自然環境の中、大阪都心への交通アクセスがよく、住宅地として根強い人気がある。1960年代以降のニュータウン開発で同時期に発展し、もともと経済・生活圏として相互につながりが強いエリアだ。

「住人からすると豊中市と箕面市の間に境界はないわけです。患者は自由に医療機関を選んで行き来しますし、在宅医療では医師や看護師も市や町の垣根を越えて患者宅を訪ねています。すると、やはりMCSという共通のプラットホームで患者さんの情報を共有できるのが理想的です。そこで使っているソフトが違ったりするよりも“共通の言語”で気楽につぶやける方がいい。現状すでに池田市・箕面市など、在宅医はMCSを使った多職種連携を行っています。今後は市の境界を越えて連携を広げていきたいですね」

とはいえ、医師会レベルでICT化を進めているところはまだまだ少ないのが現状である。核となる医師や看護師を中心に、医療現場で積極的に周囲を巻き込まなければ多職種連携のネットワークは広がらない。

「説明してほしいと言われたら行きますし、来られたら説明します。私はブラインドタッチができませんので、クリニックの事務スタッフの手を借りたり、スマートフォンの音声入力を駆使しています(笑)。先日は『虹ねっとcom』体験会で『キーボードが苦手ならしゃべって(音声入力して)みたらどう?』と提案してみました。地道かつ気長にやろうと思っています」と、柔和な表情で語る。

6月の地震直後に豊中市で開催された地域医療推進会議では、急遽、防災対策が重要議案となり、辻医師も被災時の『虹ねっとcom』(MCS)活用事例の報告を行った。行政機関における個人情報の取り扱いをめぐっては、災害時などの非常時は、安否確認や人命救助など、本来優先させるべきところを優先させようという世論も高まっている。今後、そのハードルを超えて保健所や消防、市立病院など、行政も一丸となって『虹ねっとcom』を運用できることになれば、さらにその有用性は高まりそうだ。辻氏は「まずは、豊中市の600名以上の医師会員全員に登録してもらい、災害時に班(50名程度の地域別の医師グループ)ごとにやり取りしている被災状況のファックスを、今後『虹ねっとcom』で行えるようにするメリットは大きいはず」と語る。

電子カルテとの連携でさらに地域連携を強化させたい

 現在、豊中市を中心とする北摂エリアの医療施設ではNECが提供する地域医療連携ツール『ID-Link』を使った電子カルテの開示システムが普及し始めている。大阪大学医学部附属病院、関西メディカル病院、市立豊中病院の各病院に導入されていて、地域のかかりつけ医が各病院の専門医と連携してカルテの情報を共有できるようになっているのだ。

最近、辻氏はこの『ID-Link』と 『虹ねっとcom』(MCS)の情報がつながり、連携できることを知って、多職種連携での活用をすでにスタートさせている。

「こちらのつぶやきをワンクリックでアップできる一方、急な入院の際には患者の普段の情報を病院の医師にも見てもらうことができるのです。たとえば、救急外来に、ADL、薬情報などを流すこともできます。MCSの良さはこのように操作が非常にシンプルで汎用性の高いところ。画像や動画を簡単にアップできて、スマートフォンなどモバイル端末上でパパッと操作できる。あくまでも本来のカルテとは別のものであって、電子カルテの情報を補うツールとして活用していきたいのですが。これからも多職種のスタッフの方々が思いも寄らない使い方を見つけてくださるはず。ITってそういうものでしょ? 作った側が想像もしない世界で使われて行くものだと思いますから期待しています」

この記事のポイント!

・大阪府豊中市では2007年から「医療と介護の実務者連携会議」など多職種連携の取り組みがスタート、2009年には”虹ねっと”という多職種連携の会が発足した
・2018年4月から多職種連携のICTツールとして『虹ねっとcom(MCS)』を導入、469人のスタッフが登録しており、全員が入っている自由グループも存在する
・2018年の地震・台風災害時にMCSは有効な情報共有ツールとして機能し、停電時の影響など学びも得ることができた

取材・文/松尾幸、撮影/貝原弘次

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