栃木県下野市のつるかめ診療所は、2007年の開業以来ずっと地域に寄り添い、在宅医療を支え続けている。所長で医師の鶴岡優子氏は2011年の東日本大震災をきっかけに”つるカフェ”と名付けた肩のこらない勉強会を開催、防災対策も視野に、多職種による顔の見える関係づくりを進めている。栃木県では『どこでも連絡帳』として定着しつつあるメディカルケアステーション(MCS)がここで一役買っているという。”ゆうこりん”こと鶴岡氏に話を聞いてみた。
この記事のポイント!
・顔が見える地域の勉強会”つるカフェ”を定期的に開催
・MCS”つるカフェ”グループの参加者は154名、”トリセツ”を作成して運用している
・MCSを使い、演劇仕立ての防災シミュレーションを実施
・病院スタッフとも連携し、在宅移行後もMCSでつながっている
職種を超えて和やかに盛り上がる”つるカフェ”
「ここにニックネームを書いて胸にはってください!」赤いTシャツ姿のスタッフが元気よく受付で参加者を促す。12月某日19時、下野市薬師寺コミュニティセンターの多目的室で「第49回 つるカフェ」が開催された。
今回のテーマは「改めて、ケアマネのオシゴト」。つるカフェは地域共生社会に関心のある人なら専門職に限らず誰もが参加できる勉強会で、参加費も無料。この日は実行委員を含めて56人が参加した。まずは4組に分かれてグループワークを行うが、場の目的のひとつは多職種ネットワークを広げることなので、仲の良い人同士が固まらないようにグループ分けを工夫。「というわけで、今日は血液型別に分かれて座ってね」となる。テーマについてディスカッションが行われ、最後にグループごとに代表者が発表する。
朗らかな人柄と圧倒的なパワーで周囲を引きつける”ゆうこりん”の存在は大きいが、会場の空気はとにかく明るく和気あいあい、誰もが臆せず発言できる雰囲気だ。参加者は医師や訪問看護師、ケアマネジャー(以下ケアマネ)、介護福祉士、薬剤師、社会福祉士、行政職員など職種も所属も様々で、中には大学病院の教授や医師会の理事の姿もあるが、みんながフラットに会話している。
この地域ではMCS(どこでも連絡帳)で多職種がつながっているが、その”顔の見える関係・つながり”を定期的にメンテナンスするのが”つるカフェ”だという。「知識伝達の場というよりは、お互いの人となりがわかるような関係性を作る場にしたい。だから、あえてグループワークを入れるなど、能動的かつ面白くなるように工夫しています。そのため毎回主役を変えていますが、店主は私と決めています。店主を持ち回りでやると、どこかで止まってしまったり、テーマがかぶったりしそうなので。正直に言うと、店主は面白いので他の人には譲れません(笑)」。
つるカフェのつながりがMCS導入でさらに盤石に
つるかめ診療所は医師が鶴岡夫妻の2人、看護師、事務員も少数と小規模であるため、多職種連携なしでは在宅医療が成り立たない。地域の多職種が顔の見える関係を作るために鶴岡氏が2011年6月、つるカフェをスタートした。当初は年に数回だったが、最近では毎月実施している。
内容も徐々に変化していった。スタートしてしばらくは「お仕事シリーズ」と銘打ち、多職種同士お互いの仕事の中身をよく知るための勉強会だったが、やがて「情報共有の仕方」「会議の持ち方」といった、より実践的なテーマになっていったという。「多職種連携が在宅医療の鍵であることはわかっていたし、情報共有ツールにはすごく注目していました。電話だとすれ違いが多いし、文書のやり取りも大変ですから」。
あるとき、つるカフェに参加した栃木県医師会副会長の前原操氏から「どこでも連絡帳」の話を聞き、すぐに栃木県医師会常任理事を務める医師の長島公之氏(日本医師会常任理事)に、ICTツールの有用性についての講演をお願いすることになった。以来、長島氏に何度も繰り返し講演を依頼し、つるカフェでMCSを使い始めることになった。ちょうど栃木県医師会がMCSを県統一の医療介護連携ネットワーク『どこでも連絡帳』として採用した時期で、多くの人がスマホに乗り換えはじめていたタイミングと重なったこともあり、MCSの利用は医療介護の地域支援者の中で広がっていった。
現在、MCSのつるカフェグループの参加者は医師、訪問看護師、ケアマネ、薬剤師、ヘルパー、福祉用具や在宅酸素機器などを扱う事業者、さらには保健師や市役所職員、保健所を含む県庁職員など行政のスタッフまでその職種は多岐にわたり、2018年12月現在で154人と大所帯。中にはこうしたツールを使い慣れないメンバーも少なからずいるため、誰もが利用しやすい環境を作ろうと、利用上のルールを定めた。名付けて「つるカフェ的どこ連トリセツ」(どこ連=『どこでも連絡帳』の略)。その主な項目を見てみよう。
「同意なら了解ボタンを押し意見があるなら書く」「記載は簡潔に明確に結論から」「無用な空白や改行を避け、100字以内を目指す」「挨拶文は省略化」などは、読む負担、書き込む負担を少しでも軽減するためのルールだ。また、せっかく参加しても見なければ意味がないので「仕事の日は1日1回はチェックする」という項目も盛り込んだ。「困ったら、実際会って顔をあわせ対話する」「顔写真を入れ個人登録し、入会・退会で何か書く」「自己紹介では仕事内容や趣味などを教えて」というのは、文字通り”顔の見える”関係を尊重し、お互いの人となりを少しでも知りたい、という思いからだ。おかげで、このグループではアイコンの顔写真率がとても高い。
「自分を含めICTに慣れている人ばかりではないので、MCSを使いながら私たちの中で基準を作っていったんです。地域医療を支えるメンバーはどんどん変わるし、実際に使ってみて社会や時代のニーズに合わせて改定もしています」。鶴岡氏が実際に臨床で関わる多職種スタッフはほぼ、つるカフェグループに入っているというほどにネットワークは広がっているが、直接知っている人でないとこうしたツールを使うべきではないという考えから、つるカフェに参加しないとグループのメンバーになれない。そのため、諸事情によりカフェに参加できなくても臨床でつながっているメンバーについては、「訪問看護師×つるかめ」「薬剤師×つるかめ」「ケアマネ×つるかめ」など職種別に診療所とのグループをMCSで作って活用しているという。
MCSを使い、演劇仕立ての防災シミュレーションを実施
MCSを導入して間もない2015年9 月、栃木県は関東・東北豪雨に見舞われる。鬼怒川の氾濫が記憶に新しいが、このエリアも無関係ではなかった。在宅医療・介護従事者は地域を車で回って仕事をしているため、道路の寸断などは重要な問題だ。MCSで「この橋は渡れない」といった情報を写真付きで共有、正確な災害情報が掲載されているウェブサイトをそのままアップして情報収集に役立てた。その後は在宅酸素機器を扱う事業者のスタッフも参加していたため、災害時に備えボンベの残数や、患者ごとの酸素供給時間などをMCSの患者ごとのタイムラインにアップ、多職種で共有できる仕組みになっている。
つるカフェの立ち上げのきっかけが東日本大震災だというだけに、つるカフェでは災害対策へのアプローチも積極的に行っている。2016年から2017年にかけて「防災からとりくむ地域包括ケア」をテーマに10回、2018年には3回シリーズで災害時のMCS活用を考える「防災に”どこでも連絡帳”を役立てる」を開催、のべ500人が参加した。そして、一連の防災シリーズのまとめとしてMCSを使った防災シミュレーションを試みた。「東日本大震災のとき、ケアマネはじめ地域包括支援センターのメンバーは、逃げることができない一人暮らしで認知症の人を心配して救いに行こうとしました。けれどもみんなが一度に同じ人のところに行ってしまった。一方で、2〜3日安否確認されなかった人もいたのです。多職種がもっと早く情報共有できていれば、という反省があって、長島先生と相談しながら、患者のシナリオを事前に用意してシミュレーションしようという企画を考えました」。
この時に上演されたMCS防災シミュレーション劇『鶴亀ゴローさんも揺れた日』の主人公は77歳、下野市薬師寺で一人暮らしをしている鶴亀ゴローさん。アルツハイマー型認知症と診断されているゴローさんは月1回の訪問診療を受けており、主治医は在宅ケアの多職種連携のためにMCSのタイムラインを作成している、という設定だ。某日、この地区に震度6弱の地震が発生するところから劇が始まる。
まずケアマネがゴローさん宅を訪れ、怪我をしていたのでタオルで押さえて避難所へ行く。そこで保健師に引き継いだケアマネは別の患者のところへ向かう。次に避難所のゴローさんのところへ訪問看護師が訪れ、ゴローさんのバイタルをとり、怪我の処置をする。この避難所では落ち着かないため別の福祉避難所へ移動してもらうことを決めて一件落着、というストーリー。この劇のポイントは、動きが全てMCSのタイムラインに書き込まれ、大きなモニターでMCSの画面を表示させながら進行するところだ。
「あらかじめMCSにゴローさんのタイムラインを作りました。MCSの患者ノートにプロフィールを細かく書いて人物設定し、配役は参加する職種に近い設定にしました。主治医は私で、あとは訪問看護師、ケアマネ、市役所職員、ヘルパー、薬剤師など。それで実際に震災が来た時に、”どこ連”をどうやって使うかを再現するわけです。役を演じながらMCSに書き込むことができれば一番ですが、少しハードルが高かったので、あらかじめMCSのタイムラインでシナリオを書いて、それに合わせてお芝居をしました」。タイムラインを見ると、「午前10時、震度6弱の地震あり、震源地は茨城県沖」(主治医)、「南河内地区停電、断水、避難所設置を準備しています」(市役所職員)、「無事だけど怪我をしていました」(ケアマネ・写真添付)、「14時に避難所に着けます」(訪問看護師)といった具合で、そのやりとりはなかなかリアルだ。
災害時には患者の様子だけでなく、各専門職の行動についても情報共有しておくことで、スピーディで無駄のない対応が可能になることが確かめられた今回のシミュレーション。参加者からも多数の反響が寄せられ、いくつかの課題も見えてきた。例えば災害時にはMCSを利用していないスタッフの情報をどう共有するか、医療依存度の高いケースについては個別の支援計画が特に必要、といったことだ。全国の災害地支援を行ってきた古屋氏は、このつるカフェに山梨から駆けつけてくれ、「自分たち専門職も被災しているかもしれないので”自分は無事です、動けます”という情報もシェアできるとよいのでは?」「専門職がこのようなシミュレーションをすることはとてもよいこと。しかし、全員のところには行けない。近所の人、民生委員はどんな動きをしたでしょうか?」とコメント。こうした課題について、つるカフェでは「災害時の無事の表明に了解ボタンを利用すること」「カンファレンスなどで事前に近所のサポートも把握しておくこと」などの対応を取ることにした。鶴岡氏は今回のシミュレーションを通し、災害時の行動をできるだけシンプルなアクションプランにしておくことの重要性を改めて感じたという。
病院スタッフとも連携し、在宅での最期まで「見て」もらう
鶴岡氏のMCSネットワークでは自治医科大学附属病院、石橋総合病院など地域の複数の病院ともつながっており、病院連携室のスタッフばかりでなく病院主治医との連携も増えている。このネットワークを使うことで、つるかめ診療所では在宅医療の導入自体をほとんどMCSで行っている。「つながり」を利用して連携している病院の連携室スタッフとやりとりをし、患者情報の共有や退院の日程調整をしているという。
特筆すべきは、そのつながりを”最期まで”続けているということだ。退院前カンファレンスで病院がグループに参加し、在宅に移行した時点でグループを抜けるというケースはよくあるが、鶴岡氏は希望があれば病院スタッフに在宅移行後もずっと参加してもらうことにしている。「書き込んでくれなくてもいいんです。ただ在宅で患者さんはこんな風に過ごしている、というのを見てほしい。最期までこんなに良い笑顔が出ることを一緒に見届けてくれたら、紹介状の返事よりも多くのことが伝わります」。そうすることで病院の連携室のスタッフとの良い関係も生まれていて、MCSは地域のチームづくりにも一役買っているようだ。患者が家族に見守られながら亡くなった場合、その様子をタイムラインで見た連携室のスタッフから感謝の書き込みが入ることもある。
在宅移行後も病院と在宅医がMCSで連携していれば、再入院が必要になる際の対応もスムーズであり、病診連携に役立ち、患者と医師双方のメリットは少なくない。それだけでなく、鶴岡氏は病院側に在宅の現場を知ってもらうことで、より多くの「家に帰りたい」と願う患者が在宅医療に移行できると考えている。「在宅で穏やかに最期を迎える様子を見てもらうことで、病院の主治医が今まで自宅に帰れないと一方的に判断していた患者が、もしかすると帰れるのでは、となってくれるかもしれない。自治医大は病院長自らつるカフェに顔を出してくださるので、とても嬉しいです」。
責任も負担も喜びもみんなでシェアできる
鶴岡氏は、医師になって4年目に夫とともに地域医療のメッカといわれる岩手県の藤沢町に自治医大から派遣された。2年間の派遣期間中に長男の出産を経験し、育休は取らずにすぐに現場に復帰した。産休後、鶴岡氏は病棟担当ではなくなり、たった一人で約100人もの在宅患者を担当していたが、「全然辛くなかった」という。「なぜなら、多職種が一緒に頑張ってくれるから。みんな毎日顔を合わせているし、何もかもが”あ・うんの呼吸”で、意識せず多職種連携できていたんです」。
この時の経験から在宅医療には多職種連携が不可欠ということは理解していたが、大学病院に戻り、在宅医療に携わる中で、チーム医療の面白さと同時に主治医としての歯がゆさも感じたそうだ。そして2007年、思いを同じくする夫の浩樹氏と2人で医大近くに開業、24時間対応するなら全部自分で診たいと意気込んでいた。ところがいざ始めてみると、主治医だけではとてもカバーしきれないことを改めて認識した。「それから、どういった職種とコラボすると患者も私もハッピーになれるかを模索していって、時間はかかりましたが各職種の役割や可能性などもだんだん見えてきました」。
その後、鶴岡氏の周りに少しずつ多職種のネットワークが広がっていき、つるカフェを立ち上げてMCSを導入した経緯は前述の通りだ。一度MCSのグループに入った人はみんなよかったと言ってくれるし、MCSのない在宅ケアは考えられないと言う人もいる。
現在、鶴岡氏が見ている在宅患者はおよそ40人。MCSで全員分のタイムラインを作り、それぞれに必要な多職種と連携している。MCSを使い始めて一番大きく変わった点は、お互いの仕事がよく見えるようになったことだといい、続けて鶴岡氏はこんなことを話してくれた。「責任も負担も喜びもシェアできるのが栃木の”どこでも連絡帳”です。主治医って責任も重いですけど、喜びも、褒めてもらうのも独り占めみたいなところがありますよね。でも本当は私だけが頑張ったんじゃなくて、色々な職種のみんなが頑張ったんです。MCSがあると、そういうみんなの頑張りがお互いに見えるし、喜びもみんなで共有できるとうれしい」。
MCSの写真添付機能は褥瘡や皮膚症状の確認に利用するのが一般的だが、鶴岡氏の患者のタイムラインにはそうした写真だけでなく、患者と家族とスタッフや見学に来る研修医や学生との集合写真もしばしばアップされる。しかも、笑顔の写真だ。「みんなの頑張りが見えるようになって、現場の雰囲気が変わった気がする」と”ゆうこりん”は顔をほころばせた。
取材・文/金田亜喜子、撮影/谷本結利