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腹膜透析×多職種連携で叶った「普段どおりの生活」(鹿児島)後編

▲左から小松利香氏(あおぞらケアグループ看護事業部 訪問看護ステーションあおぞら管理者)、大牟禮康佑氏(株式会社ACG 最高経営責任者・最高執行責任者)、益満美香氏(加治木温泉病院外来副主任・慢性腎臓病療養指導看護師・CAPD認定指導看護師・フットケア指導士)、松本秀一朗氏(医師・加治木温泉病院 腎不全外科長・腹膜透析センター長)

「人生終わった」から一転、病気に気づかれないほど元気に

・Iさん(74歳、女性)のケース
1人暮らし。自己免疫系の病気による腎不全で数年前から微熱などの症状があったがしばらく経過観察。2018年に症状が悪化し、透析をすることになる。透析治療開始にあたり松本氏が主治医になったのは偶然で、別の病気で通っていた病院に当時松本氏が勤務していたことがきっかけ。松本氏より腎代替療法の説明を受けると「一も二もなく」腹膜透析を選択。同年10月よりAPD(自動腹膜透析)を導入、毎日の機械の操作は自身で行っている。現在、週2回の訪問看護と月1回の通院。最近、益満氏よりMCSへの参加を勧められ、アカウントを取得したばかり。

▲Iさん

 「最初に透析しなければならないと言われた時は、もう私の人生は終わったと思い、本当に打ちひしがれました」と語り始めたIさん。その時は「1回の通院で何時間も拘束され、週3回病院に通わなくてはいけない」ということしか思い浮かばなかった。しかし松本氏から腹膜透析の説明を聞き、目の前は明るくなる。「周囲には良かれと思って別の医療機関を勧めてくれる知人もいて、最初は私も迷いました。でも松本先生にお願いしたので、この治療に賭けようと決断しました」(Iさん)。決め手になったのは、なんといっても昼間の時間を自由に過ごせるということだった。今では日中は趣味のキルト作りをしたり、友人と食事をしたり、ほとんど毎日のように外出を楽しんでいるそうだ。「そうと言わなければ、友だちも透析治療中ということに気づかない」というほど普通の日常生活を送っていて、他の医師にも「透析前よりかえって元気になった」と言われた。ただ、透析治療をするようになってから旅行だけは諦めてしまった。事前に手配をすれば旅行も不可能ではないので松本氏も勧めているというが、Iさんにとっては、まだ少しハードルは高いようだ。
 退院後、最初は“繋がれている”感覚があったが、1年を経過してその感覚にも慣れた。1人暮らしのため機械操作はすべて自分で行わなければならないが、不安を感じたことはないという。もともと機械に抵抗はなく、むしろオーディオ機器の配線などは得意なIさんにとって「操作は本当に簡単です」。操作マニュアルを読むのも好きで入院中に熟読したといい、これまで大きなトラブルは一度も起きていない。機械の不調で夜中にアラームが鳴ることが何度かあったが、24時間体制のメーカーサポートに電話して解決できた。難点といえば、透析が終わった後の廃液が重く、処理するときに腰に負担がかかること。訪問看護の日は看護師に処理を依頼している。
  Iさんはデジタル機器の扱いに慣れていて、以前は旅行で撮影した写真をパソコンに取り込んで、音楽付きのDVDを作成していたというほどの腕前だ。スマホも手放せないといい、何かわからないことがあると、すぐに手元で検索するのが習慣になっている。また、自身の病気にしっかり向き合い、病気のことや処方された薬についてインターネットでよく調べている。最近、そんなIさんに益満氏がMCSへの参加を勧めたところ、ぜひ参加したいと快諾。早速、アカウントを取得した。これまで連絡手段は主に電話だったので、「具合が悪い時は先生の言葉を聞いて安心したいのですが、直接電話をしてもいいかとても迷います。どうしてもという時だけ何度か電話したことがあります」(Iさん)。MCSに参加すれば訪問看護師だけでなく松本氏や益満氏にいつでも連絡できるようになり、さらなる安心感に繋がりそうだ。「MCS登録をきっかけに、欲しかったタブレットを遂に買ったんですよ」とIさんは声を弾ませた。

▲Iさんが一時入院した際の益満氏と訪問看護師のやりとり
▲Iさんが手作りしたハワイアンキルトのバッグ。趣味を続けられるのも腹膜透析ならでは

研修や経験を重ね、施設でも腹膜透析患者を受け入れ可能に

 ここまで在宅での腹膜透析治療について見てきたが、最後に腹膜透析患者を積極的に受け入れている施設の事例を紹介しよう。鹿児島市に拠点を置くあおぞらケアグループでは有料老人ホームや共生ホーム、障がい者グループホームなどを多角的に運営しており、うち複数の施設において2019年12月現在で5人、過去の例も含めると約10人の腹膜透析患者を受け入れてきたほか、同グループの訪問看護ステーションでも在宅腹膜透析患者の訪問看護を担当している。その中心的役割を果たしているのが看護師の小松利香氏(あおぞらケアグループ看護事業部 訪問看護ステーションあおぞら管理者)だ。小松氏は以前、松本氏と同じ病院に勤務しており、腹膜透析に関する知識は松本氏直伝だ。実際に腹膜透析患者の看護を担当した経験もある。「現在の施設に私がいることで松本先生から腹膜透析の患者さんの受け入れの打診があり、そのとき初めて『ここは腹膜透析の患者さんも診る施設なんだ』と認識しました」(小松氏)。

▲左から大牟禮康佑氏(株式会社ACG 最高経営責任者・最高執行責任者)、小松利香氏(あおぞらケアグループ看護事業部 訪問看護ステーションあおぞら管理者)

 同グループは医療依存度の高い利用者を積極的に受け入れている、全国でも稀有な存在だ。腹膜透析患者を受け入れているのも「医療介護を必要とする人が主体的で自立した生活を送れるようにする」というグループ理念によるところが大きい。グループを運営する大牟禮康佑氏(株式会社ACG 最高経営責任者・最高執行責任者)によれば「患者さんの主体性という観点で見たとき、腹膜透析というのは象徴的な治療法です。一方、週3回病院で半日を費やす血液透析は患者さんの主体的な生活が大きく制限されているともいえます」。しかし約2年前、小松氏が同グループに入職した当時は腹膜透析患者を担当した経験のある看護師は1人もいなかった。受け入れる腹膜透析患者のほとんどは就寝中に機械が自動的に透析を行うAPD(自動腹膜透析)を導入しているため、施設スタッフに特別な技術は必要ないが、経験がないと不安は大きい。そこで小松氏は松本氏に協力を依頼し、研修会や手技の訓練などを繰り返し実施するなど、スタッフの教育に力を入れてきた。
 ケースカンファレンスの際に腹膜透析に関する不安や疑問が出たら、小松氏が説明をして解決に導く。そして現場でしっかり経験を積む。こうした地道な努力を繰り返すことで、同グループでは看護師だけでなくどのスタッフでも、抵抗なく腹膜透析の患者のケアができるようになってきた。「普段から医療機器を目にすることのないスタッフの場合、腹膜透析の機械を見ただけでもびっくりしてしまいます。それでも私たちと一緒に経験していくうちに、『できる』ということがわかってくるんです。トラブルもめったに起きない、経験のある看護師が治療をサポートする、治療結果はちゃんと先生がみてくれる、困ったらすぐに先生が対応してくれると。腹膜透析の患者さんに対する取り組みは、結果として医療依存度の高い人を受け入れられるという意識に繋がっています」(小松氏)。
 同グループでは2年ほど前からMCSを導入、現在は全スタッフに1台ずつ端末を支給し、アカウントもそれぞれ取得している。腹膜透析患者のフォローにMCSを活用して、松本氏や益満氏とコミュニケーションをはかっているのは言うまでもない。なによりも、だれもがリアルタイムで松本氏に報告できるようになったのが大きいと小松氏。カテーテルの出口部の状況や透析液の混濁状況なども、その場で写真を撮って送れるので言葉で伝えるよりも正確だ。「バイタルサインなどの情報は、透析の遠隔モニタリングシステムよりもMCSで確認するほうが早い場合もあります」(松本氏)。気になった時にアップしておけば、必要なら松本氏がすぐに対応してくれるため、現場スタッフの安心感は大きい。施設としての次のステップは、どのスタッフが担当であっても1人の患者に対しては同水準の対応をすること。そのために小松氏は、業務のシステム化に取り組み始めたところだ。

▲施設の患者の投薬に関する松本氏からのコメント
▲小松氏が治療結果の書類を画像で添付して報告する
▲在宅医と担当看護師との看取り時のやりとり

 あおぞらケアグループは医療依存度の高い人だけでなく、制度の枠組みからこぼれ落ちた人、どこにも行き場所のない人を、すべて受け入れる。この基本姿勢は大牟禮氏が事業を立ち上げた時から一貫していて、「口で言う人はたくさんいるけれど、実行するのは容易ではない」と松本氏も高く評価する。グループ内に居宅介護支援事業所、ヘルパーステーション、訪問看護ステーション、障がい者福祉施設などを揃えているのも、患者・利用者の主体性を尊重しながら、制度の中で極力できることをしていきたいという考えからだ。「別に新しい治療法でもないのに腹膜透析がこれまで浸透してこなかった裏には、患者さんの主体性よりも世間一般の常識みたいなものを重視してきたということがあるのではないでしょうか。『病院で最期を迎えるのが普通』『病気なのに家で暮らすなんて普通じゃない』などの考えが優先されてきた。なぜなら利用者さんの主体性を大事にすると、支える側としては手間がかかってしまうからです。私は、制度からこぼれ落ちそうな人を制度にはめこむのではなくて、その人の主体性を尊重することを最後まで考え抜きたいという思いで事業をスタートさせました」(大牟禮氏)。この理念のもと、自宅に帰りたい患者が適切に在宅医療を受けられるように、施設の利用者でも家にいるのと同じような生活ができるように、小松氏ら現場スタッフもまた日々心を砕いている。

より多くの腎不全患者が在宅移行するにはICTの力が必要

 今回、対面した腹膜透析患者の方々は1人として病人然としていなかったのが印象的で、在宅での腹膜透析が患者のQOLを維持するのに適した治療法であることを目の当たりにした。松本氏は鹿児島市周辺に新規オープンした事業所を中心に、さまざまな在宅医療関連事業所を訪れては腹膜透析についての勉強会を開催し、地域の医療介護者に対する啓蒙活動を続けている。その甲斐あって、高齢の慢性腎不全患者に対する緩和ケアソリューションのひとつとして、腹膜透析が徐々に認識されつつあるようだ。地域包括ケアシステムの推進にともなって、国内では訪問看護ステーションや居宅介護支援事業所など在宅医療を支える事業所数は年々増加、看護師も増え続けている。そのため、理論的には腹膜透析を導入してもっと多くの腎不全患者を在宅に移行できるはずだ。しかし、ことはそう単純ではない、と松本氏。血液透析なら透析室を巡回すれば医師は効率よく患者を診られるが、腹膜透析では外来で診ることになる。月1回とはいえ、あまり腹膜透析の患者が増えると、ただでさえ忙しい外来がパンクしてしまうというのだ。そのパンクを回避するには業務を効率化するしかないが、ここで力を発揮するのがMCSなどのICTツールによる多職種連携だ。「私が計算したところ、MCSの導入で約50パーセント業務時間が短縮されていました。今後、電子カルテも、遠隔モニタリングシステムも、すべてのICTツールが一元化すれば、さらに業務の効率化が望めるのですが」(松本氏)。腹膜透析治療とICTツール、どちらにもまだ“伸びしろ”はありそうだ。

取材・文/金田亜喜子、撮影/萩原睦

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