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「心」の連携が患者を支える~在宅医療の現在地~(東京・三鷹市)後編

初めてMCSを活用したケースで真の連携の在り方を実感

 院内の情報共有でMCSのメリットを実感し、ぜひ患者グループでも活用したいと最初に候補に上がったのが神経難病を抱えた女性のケースだった。東郷氏が在宅医療を引き受けた時、夜は一緒に住む家族がケアをしていたが、昼は一人という状況で、連携するメンバーも行政、保健所、病院医師、訪問看護、訪問介護、ケアマネ、リハビリスタッフなど全部で約30人にも及んだ。そのため、患者さんの日々の状態の変化や、その対応方法について、大勢のメンバーの間では上手くコミュニケーションがとれていない部分があり、そのことが、患者さんの大きな悩みとなっていたようだ。例えば、患者さんがこうすればうまく食べられるというスプーンの持ち方を見つけても、寝返りができないからシーツのしわが痛いと伝えても、別のヘルパーが来る度に、苦しい息の中で繰り返し一から伝えないといけない。ある日、「この辛い状況をなんとかできないでしょうか、と言われたんです。転倒して痛かったと言うので、いつですか?と尋ねると2週間前、と言われたことも。こういったストレスはMCSを使うことで解消できます。決定的だったのが、『こういう最期を迎えたい、だからこれはして欲しくない、こういうケアをして欲しい、医療行為はここまででいい、ということをMCSに載せたら、多職種チームのみんなが見てくれますか』という質問でした。『もちろんできますよ』と伝えると、それならやりたい、と患者さん本人がおっしゃったんです」。

 MCSを使えば連携がスムーズにいくことは目に見えていたが、家族に使用を打診したところ、個人情報が広がることを懸念した息子さんが難色を示したという。「話し合いを重ねて最終的に了承してくださったのですが、それは患者さん自身に、人工呼吸器はつけずに自然のままで最期を迎えたいという強い意志があり、それまでは人間としての尊厳を保ちたいという覚悟があったことが大きかったですね。また、同じ境遇にある他のALS等の患者さんにとっても将来役に立つかもしれないから、という気持ちが患者さんご本人にあったようです。結果として、そういう覚悟がある本人の意思や気持ちを尊重する形で、最終的には息子さんも同意してくれました」。

 施設や事業所の事情などから全員の参加はできなかったが、30人の多職種メンバーのうち約半数が参加して患者グループの運用が始まった。当初は、医療の言葉がわからないからこんなことを書いたら迷惑をかけるのではと思っているような雰囲気もあったが、そんなことは気にしなくていい、1行でも2行でも、長くても構わないから情報共有してほしいと参加者に伝えて積極的な書き込みを促した。

「日々患者さんに接しているヘルパーさんから、細かく情報がアップされたことで、どんな変化があってどういう経過をたどっているかがわかるようになりました」。参加が決まってからは息子さんも積極的に書き込んでくれたので、家族がどう思っているのかも知ることができるようになったという。

「MCSのタイムラインは、電話やファクスのように1対1じゃないということを実感しましたね。医療側も介護側もみんなが見ている。患者さん宅を訪問したときに、『ヘルパーさんに昨日言ったことを、先生も知ってるんですね』と驚かれたこともよくありました。家族からの問い合わせに対し、私が『この薬を使ってこんな対応をしてください』と指示したことも全員に伝わっているし、患者さんへの対応が連携することによってスムーズにいく。これがチームなんです。全員が同じことを共有して状況をわかっていなければ、それはチームとは言えません。『みんなで私を支えてくれている』という患者さんの信頼や安心感に大きく繋がったと思います」。

 最初はMCSに乗り気でなかった息子さんも、MSCを活用したケアをしてくれた大勢のメンバーによる支えのおかげで、いい最期が迎えられたと感謝してくれたという。亡くなった後も、メンバーから患者側のタイムライン上にお悔やみのコメントが何件も入った。「普通はお亡くなりになるとそこで関係が切れてしまい、お悔やみを述べることもなかなかできない。でもタイムラインで気持ちが伝えられる。家族の方もそれを読んで、『ありがとうございました、みなさんのおかげです』とコメントしてくださいました」。

▲神経難病の患者を支えたいという強い気持ちをチームで共有。
▲患者の気持ちが患者自身の言葉でメンバーに伝わった
▲患者家族とも信頼関係が築かれた
▲亡くなった後もお悔やみのコメントや息子さんからの感謝の言葉がやりとりされた

目的は効率化ではなく、患者の人生を支えること

 最初のMCS患者グループのケースで改めて東郷氏が感じたのは、MCSが決して業務効率化のためだけのツールではないということだ。何よりも患者本人が望む生き方、最期の迎え方をできるだけ叶え、みんなが支えてくれているという安心感を患者に与えることが一番の目的なのだ。しかしそれは簡単に実現できることではない。「確かに業務を簡略化するのは大事なことですが、守るべきは患者さんです。患者さんが希望する医療・看護・介護を通して、どう生きたいのか、どう死にたいのかをチームで一体となって共有して、そこに向かって進まなければいけません。そのための連携を作るのがMCSの目的であり、形だけの繋がりは“チーム”ではないんです」。

 医療側も介護の状況、例えばどういうケアをしているのか、何に困り、苦しんでいるのか、家族の状況はもちろん経済的な面もある程度わからないと、適切な判断ができないことがある。逆に介護側も医療を積極的に理解する必要がある。「私は介護職だから医療のことは解からなくていい」という姿勢では本当のケアはできないと東郷氏は言う。

 残念ながら医療と介護の垣根もなかなかなくならないと実感するケースもある。あるケースでは訪問看護ステーションとヘルパーステーションの連携が思うように取れずに、両者が揃ったカンファレンスすら開かれない。このケースは介護する家族も健康面で問題を抱えていたため、医療と介護が強いチームワークを持って同じ方向で患者を支えないと、在宅医療が成り立たない。「チームの足並みが揃わずに患者さんが置き去りにされてしまい、残された大切な時間を有意義なものにできなければ、患者さんにとって苦痛な時間となってしまう。形だけ連携していても医療と看護と介護の本来の目的を終局に達することはできません。本当に大事なのは、患者さんを人としてどう支えるかということ。MCSを十分に役立たせて、そこに気持ちや心を乗せていかなければいけません」。例えMCSで繋がったとしても、ときにその大切な部分が理解されていないケースがあることに、東郷氏は危機感を覚えることもあるという。

これから直面する「多死社会」に向けて

 高齢化が着実に進行し、2036年には3人に1人が65歳以上になると予測されている日本。それなのに介護職、訪問看護師、在宅医療を担う医師の数が増えていないという現状がある。少子化や働き方の変化で家族の介護力も落ちている。「高齢化が進むとがん患者も増えますから、末期がん患者の行き場所がなくなってしまう状況も起こりえる。受け入れる体制が整っていないのに病院から家に帰されたりする。逆に治る見込みがないという理由で病院側が入院を拒む。今後は、本人が望むような最期が送れなくなるかもしれません」。

 東郷氏が言うように、日本は今、分岐点に立っており、世界中が日本が超高齢社会とどう向き合っていくのかに注目している。「とにかく、在宅医療の本来あるべき姿で医療、看護、介護、地域も含めた連携で支え合っていくしかないと思うのですが、MCSの利用をためらう施設や事業所や個人が存在するのが現状です。せっかく有用なツールがあるのだから、病院や行政、施設がもっと積極的に使うようになれば、患者さんや家族、私たちチームが今よりもずっとスムーズでストレスフリーな連携ができるようになると考えます。在宅チームだけではなく、病院や行政、地域を含めた切れ目のない連携こそが、これからの日本の在宅医療を支えていくことになると考えています。」

 在宅医療の現場でどのようなことが起こっているのか、現状を知ってもらうことがまずは必要なのだろう。患者や患者家族がどのような状況にあり、どういう最期を迎えているのか。「退院して家に帰ったら、驚くほど元気になったケースもたくさんあります。効率を追求した分業制ではなく、それぞれが一人ひとりの患者を自分の家族と置き換え、問題を俯瞰的に捉えチームで解決するという意識がないと、今後、この国で必ず起こる問題を解決することはできません」。

 医療・介護・行政・地域の垣根を超えたネットワークを充実させて、本当の意味での地域共生社会を作る。病気はもちろんだが、実はそれ以外のことも見ることが更に大切で、どのようなことに困っているかをさまざまな立場の人と共有し、多くの人と共に支え合える仕組みが必要なのだ。

 とはいえ、実現させるのは一朝一夕にできることではない。少しでもその一助になればと東郷氏が始めたのが『みんなのWa』という取り組みだ。「本当は理想のコミュニティを1から作りたいのですが、まずは身近なことから」と、『老いても、病んでも、最後まで“人生は素晴らしい”と感じられる世の中を、みんなで創る』ことを目的に、情報発信やイベントなどを開催し、職種や専門性を超えた地域団体や住民によるネットワークづくりを始めている。

 これから確実に起こりうる多死社会の問題に向き合うためにも、真の意味でのネットワーク作りがMCSで少しでも進むことを期待したい。

▲『みんなのWa』ホームページ(https://www.minna-no-wa.com

取材・文/清水真保、撮影/千々岩友美

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