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小児在宅を支える、病院・学校も含めた多職種連携(東京)前編

2016年に赤羽在宅クリニックを開業以来、「住み慣れた自宅で最期まで安心して暮らしたい」という患者の思いに寄り添い、在宅医療を行う医療法人社団ときわ。現在は赤羽のほか大宮、練馬と3つクリニックを拠点に、東京北部から埼玉県を含む幅広いエリアをカバーし、0歳の乳児から100歳超の高齢者まで、数多くの患者を支えている。開業翌年の2017年からMCSを導入、在宅チームを支える多職種連携のために今では欠かせないツールとなっている。全国的に不足しているといわれる小児在宅医を担うに至った経緯とその思い、小児在宅の現実について、小畑正孝氏(医師・医療法人社団ときわ理事長)に話を聞いた。

▲小畑正孝氏(医師・医療法人社団ときわ 理事長)

■PROFILE
小畑正孝(医師)/医療法人社団ときわ理事長
大学医学部在学中より訪問診療に関わり、在宅支援診療所院長、在宅医療支援病院副院長を経て2016年9月に赤羽在宅クリニック開業、2017年医療法人社団ときわを設立し、理事長就任。「人に寄り添い、未来に挑む。」のビジョンのもと、質の高い医療を日本中の誰もが享受できる当然の社会インフラとして整備し、全ての人が望む場所でその人らしく生きることのできる未来を目指す。

重症児の増加で病床が不足し、在宅ニーズが高まる

 はじめに我が国における小児在宅医療の現状を見ておこう。結論から言うと、小児在宅のニーズがどんどん増えている一方で、受け入れ先がまったく足りていない。背景にはさまざまな事情があるが、昨今の新生児救命率の向上によるところが大きい。医療技術のめざましい進歩により、いま日本の新生児の救命率は世界トップ水準で、ひと昔前なら世界記録といわれた500g未満の赤ちゃんが、地域のごく一般的な病院で普通に生まれてくる。多くは順調に育ち退院していくが、人工呼吸器や経管栄養などを必要する重症児・超重症児、医療的ケア児も増えており、成長に伴って医療ケアを必要としなくなる一部の子供を除いて、そういう子供たちはずっと医療機器や医療ケアに頼って生きていかなければならない。そのため、病院はNICUや小児科のベッド不足という状況に陥ってしまい、1床でも多く確保するために、重症児や医療的ケア児(身体的発達は健常児と変わらないが超未熟児や先天性疾患を理由として医療ケアの必要な子供)といった医療ケアの欠かせない子供であっても在宅医療への移行が進められている。しかし、地域で医療ケアを必要とする小児を診ることのできる在宅医の数や、家族を支える支援は、ニーズに追いついていない。

 地域包括ケアシステムの構築に向け、国をあげて在宅医療を推奨しているため、地域の在宅療養支援診療所や訪問看護ステーションなどの数自体は増えている。しかし、小児を在宅で診られる事業所はなかなか増えない。その理由として、小児ケア特有の難しさが挙げられる。まず、成人と違って人工呼吸器などの医療機器を使用しているケースがほとんどで、管理が難しい。さらに痰の吸引が欠かせないような子供も多く、親がつきっきりでケアをしてもなお、毎日のように訪問看護が必要となる。体が小さいため点滴の針を入れるのにもテクニックが必要で、特に乳児の場合は経管輸液の量が極端に少ない。「大人であれば1回の輸液量は500mlといった単位ですが、赤ちゃんでは1回数十mlと少量、しかもわずかな量でも間違えると命に関わってしまう子もいます。それほどデリケートなので管理が本当に大変なのです」(小畑氏)。ケアが必要な乳児1人いるだけでケアする側は夜も寝られないほどの忙しさといい、兄弟姉妹がいる場合はその面倒もみなければならないので保護者の苦労は計り知れない。たとえば、兄弟姉妹の具合が悪くても保護者は家を離れられないため、小畑氏が訪問時に患者の兄弟姉妹を診ることもあるという。

 そして、最も成人と異なる点は「成長する」ということだろう。病気の管理だけではなく発達も観察していかなければならず、身体的な健康と同時に精神的にも健全に育つためのケアが欠かせない。そのため医療的ケアが必要な子供とその家族は、その子の成長にともなってさまざまな困難に直面する。そのひとつが学校などの受け入れ体制の問題だ。在宅療養する子供たちが 家族以外で接するのは医師、看護師といった大人ばかりだが、社会性を身につけるために本来は子供同士で交流できることが望ましい。特に、医療的ケア児の中には成長に伴って医療機器や医療ケアから卒業し、普通の人と全く変わらない人生を送る子もいる。しかし実際のところ、医療的ケアの必要な子供を受け入れる通所施設は少なく入所が難しい。また、学齢期になれば年齢相応の教育も提供したいが、親が付き添えないなどの理由で学校に通うことができないことも多く、学習量そのものも健常児との間で格差が生じる。特別支援学校が受け入れてくれた場合でも、卒業後にどう生きていけばいいかという問題が浮上する。このように、小児在宅医療の現場では子供の人生や介護する家族をトータルで支える体制が求められるのだ。

将来の世代に、より良い医療・社会を残したい

 赤羽在宅クリニックでは2016年の開業時から、主に高齢者を中心に在宅医療を行ってきた。しかし、研修医時代から小児に関わりたいという気持ちが強く、前職で在宅医療を経験していた小畑氏は、開業当初より小児在宅を視野に入れていたという。ただ、経験のある人材が少ないこともあって環境がなかなか整わず、小児在宅医療をスタートしたのは2018年4月のことだ。その後、常勤・非常勤あわせて9人の小児科医を揃え、2019年9月までに86人の小児在宅患者を受け入れてきた。「今、日本では医療の高齢者偏重をはじめ、あらゆるところで世代間格差が生まれ問題になっています。私たちは『人に寄り添い、未来に挑む。』というビジョンを掲げているとおり、将来の世代により良い医療や社会を残すことを目指して小児在宅医療に取り組んでいるのです」と小畑氏。根底にある思いは「高齢者だけでなく、子供たちにも受けられる医療は受けさせてあげたい。家族と過ごしたい子供たちは自宅に帰してあげたい」とシンプルだ。そして在宅医療だからこそ、患者本来の姿を見つつ、1人ひとりに最適な医療をトータルで提供できると強調する。そのためには現場を担う訪問看護師や薬剤師、リハビリ職といった多職種との連携は欠かせないと常々考えていたこともあり、2017年よりMCSを導入しフル活用している。

▲診察中の様子。抱っこしていたら興味津々でタッチされた小畑氏(ときわ提供)
▲診察時、ご機嫌で“チェケラッチョ” してくれた (ときわ提供)
▲生後5カ月の体重3kgに満たない段階から介入し、約1年でここまでしっかり成長した (ときわ提供)

 現在、同クリニックでは東京北部エリアだけでなく、都県境を越え埼玉県の一部までカバーしており、吉川市や鴻巣市など片道1時間以上かかる遠い地域の患者を診ることもある。埼玉県内には小児を診てくれる在宅医がほとんどいないためだ。埼玉県はそもそも医師不足が深刻で、厚労省による2016年の調査(「人口10万人当たりの医療施設に従事する医師数」)では埼玉県が全国ワースト1位。在宅の受け皿は圧倒的に不足しているにもかかわらず、前述の理由から需要は増え続けている。そのため大学病院などが中心となって成人の在宅医に向けて小児科研修を実施するなどの取り組みを熱心に続けているが、なかなか改善されない。地域の小児科医がたまに往診に行ったり、病院の主治医がやむなく患者の自宅を訪れたりと、ギリギリのやりくりをしている中、白羽の矢が立ったのが赤羽在宅クリニックだったというわけだ。同クリニックが小児在宅を始めた頃は、埼玉の病院の小児科医には在宅移行という選択肢がなく、退院させる場合は訪問看護をつけて、何かあれば通院してもらう前提だった。「私たちが在宅医療を引き受けるようになってから、連携している先生方の間では『そこまで在宅でできるなら、どんどん退院させられる』という見方になり、長く入院するはずだったお子さんが数多く自宅に帰れるようになりました」(小畑氏)。

 高齢者から小児まで在宅対応が可能という評判が広まり、訪問看護師などを通して複雑なケースの相談を受けることも多い。なかでも難しいのが染色体異常などのある成人の患者だ。障害自体は小児科の範疇のため一般外来や成人を対象とした訪問診療ではほとんどの場合診てもらえないが、成人すると病院の小児科で対応できないという“制度の穴”があるからだ。長年その患者を診ている家庭医や個人の小児科クリニックなら対応してくれても、病院では入院も外来も受け入れてくれないことが多い。前述の通り、病院の小児病棟は常に満床状態で、いかに患者を減らすかということに注力している。そのため「心苦しいけれどすべてお断り」ということが多く、小畑氏が小児在宅を始めた当初は、そうして断られてきた患者を受け入れることが少なくなかったという。
「たとえばダウン症の患者さんの場合、30歳、40歳になっても作業所などで働きながら普通に生活をしている人はたくさんいます。そういう人は普段から何か治療が必要というわけではないので、主治医がいないことも多い。けれども、歳を取ってから糖尿病など別の病気を発症したり、てんかん発作を起こしたりする人もいます。うちでは0歳から100歳を超えるまで切れ目なく診ることができるので、そうした患者さんたちのサポートを引き受けているのです」(小畑氏)

(後編につづく)

取材・文/金田亜喜子、撮影/杉本晴

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