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患者に寄り添う薬剤師~在宅チーム医療への挑戦~(群馬・高崎市)前編

高崎市内で「プラス薬局」3店舗を展開するファーマ・プラス株式会社。社名の由来は「薬にさまざまなものをプラスして提案したい」という願いだ。プラス薬局では定期的に健康教室を開催するなど、「地域の人が、処方箋がなくても立ち寄って相談できる薬局」を目指してさまざまな取り組みを行っている。当初の事業は薬局のみだったが、在宅医療に関わる中で、昨年から居宅介護支援事業、訪問看護ステーション事業もスタートした。在宅医療の現場では地域に先駆けてメディカルケアステーション(以下MCS)を導入、積極的に多職種連携を広めている。同社専務取締役の薬剤師・小黒佳代子氏に現在の取り組みの様子から、かかりつけ薬局・薬剤師のありかたについてなど幅広く話を聞いた。

▲小黒佳代子氏(株式会社ファーマ・プラス 専務取締役、プラス薬局 薬剤師)

■PROFILE
小黒佳代子(薬剤師)/株式会社ファーマ・プラス 専務取締役、プラス薬局 薬剤師
大学病院、調剤薬局の勤務を経て、2009年に現・代表取締役とともにプラス薬局を開業。地域に根ざしたかかりつけ薬局のあり方を模索し続け、在宅医療にも力を入れる。薬剤師が多職種と繋がる手段を探していたところにMCSの存在を知り2014年ごろから導入。「患者に寄り添う薬剤師」として多職種チームの中心的存在にもなっている。

身近な医療機関として地域の人が集まれる薬局を

 開業8年目の高崎吉井店、3年目の高崎矢中店に続き、2019年11月1日に3店舗目の高崎みさと店をオープンしたばかりのプラス薬局。薬剤師という医療の専門家がいて、地域の人たちにとって最も身近な医療機関である薬局をもっと活用してほしい。そんな思いから、小黒氏はさまざまな工夫を考え実践している。たとえばドライブスルー窓口の設置や、店舗内に体組成計や血圧計、簡易的な心電図、推定ヘモグロビン値を測定できる機器を置いて、誰でも自由に使えるようにするなどの取り組みだ。また、漢方相談ができるコーナーもあり、漢方薬を煎じる機械も導入している。箕郷の新店舗は、「みんなが集まれる場にしたい」という小黒氏が目指す薬局のあり方を体現するデザインになっていて、吹き抜けの天井からは青空が見え、オープンな調剤室を中心に相談スペースが配置されている。従来の薬局のイメージを覆す居心地のよい空間だ。
 約5年前からは地域の住民を対象にした「健康教室」をスタート。3カ月に1回、テーマを決めて健康に関する情報発信を行い、フレイル予防のための体力測定や嚥下テスト、介護相談やアロママッサージなども実施している。始めた頃は2、3人だったという参加者も徐々に増え、最近では毎回20人以上が参加する人気ぶりだ。管理栄養士によるアドバイスを提供しているのも同店の特徴で、高崎吉井店は日本栄養士会から栄養ケアステーションとして認定されている。

▲プラス薬局高崎みさと店。「青空が見える」をコンセプトにデザインし、地域の人が集まれる場という新しい薬局のありかたを提案する(プラス薬局提供写真)

 さらに、同社は昨年、在宅医療で連携して親しくなった多職種とともに居宅介護支援事業と訪問看護ステーションも立ち上げた。新幹線で都心まで1時間足らずというアクセスの良さから都心への通勤圏とまでいわれるようになった高崎だが、市内での移動はもっぱら車に頼らざるを得ない。地域の高齢者は車に乗れなくなると、病院にも薬局にも行くことができなくなるのだ。プラス薬局が在宅医療に力を入れている背景には、そんな地域特性がある。小黒氏が現社長と2人で群馬県内の調剤薬局から独立したのはおよそ10年前のことだが、当時から小黒氏は在宅医療に対して意欲的だった。「調剤薬局に勤務していたあるとき、調剤報酬のなかに使われていない点数項目がたくさんあることに気づいたのです。在宅の点数もそのひとつ。点数があるということは国が薬剤師にそれを求めているということ。だったら私たちがそれをやるべきだと思いました」(小黒氏)。
 大学で微生物や食品衛生を教えていた父、薬剤師の母と弟、医師の兄という家族環境をもつ小黒氏は、薬学部を卒業してすぐに大学病院の薬局に勤めた。しかし、当時は仕事が細分化されていたため、ひたすら薬袋を書き、調剤して袋詰めすることを繰り返す毎日。患者に薬を手渡すこともできない単調な仕事が嫌になり、3年ほどで辞めてしまったという。その後、およそ10年のブランクを経て仕事復帰を考えた際、「医師、看護師、栄養士、薬剤師それぞれが縦割りではなく、職種を横に繋げる仕事をやりたい」と、食と医療を繋ぐ活動をするNPO法人を立ち上げたのだが、なかなか事業としては成り立たず、調剤薬局で再び薬剤師として働き始めることとなる。調剤薬局では日々患者と接して専門知識を生かしたアドバイスをするなど、以前よりも薬剤師として充実した毎日を送っていた。キャリアを積み管理職にまでなったが、処方箋を受けて薬を渡すという業務そのものは変わらない。「何か物足りないという気持ちがありました。私たち薬剤師にはもっとできることがあるんじゃないか。独立して在宅医療に目を向けたのも、そんな思いがあったからです」(小黒氏)。
 ちなみに小黒氏がNPO法人を立ち上げた頃、医療の現場ではちょうどインフォームド・コンセントが提唱されはじめていた。しかし、ほとんどの患者に十分な知識がないため医師の説明を理解するのが難しく、患者自らが治療法を選ぶことは容易ではなかった。「たとえば、がんと診断された患者さんに付き添って医師の説明を聞いてご一緒に考える、ということをやろうとしたんですが、当時は全然依頼がなくて。今だったら仕事になっているかもしれませんね」と小黒氏。あくまでも患者目線を大切にするという姿勢が、その当時から貫かれていることがわかる。

多職種連携の方法を模索する中でMCSと出会う

 小黒氏は在宅医療に関わりはじめた時から、薬剤師が医師や看護師をはじめ多職種と連携するにはどうしたらいいか、ずっと考え続けていた。今でも、患者や家族はおろか医療者の間でさえ薬剤師の役割を「医師の処方箋どおりに薬を調剤して持っていくこと」と認識する人が少なくない。連絡手段が電話とファクスだけの頃は、患者の状態に変化があっても訪問看護師は医師に報告するだけで、薬に関する何かが起こらないかぎり薬剤師には連絡しないのが普通だった。薬剤師が知らぬ間に注射薬が使われていることも珍しくなく、患者が亡くなったことすら知らないこともしばしばあったという。「でも、先生(医師)は忙しいから仕方ないんです、実際。『ここで思い出してもらえないのは、私たちの力が足りないせい』と考えるようにしていました。在宅医療は医師と訪問看護師が作り上げてきたものですから、そこに薬剤師が入っていくためには『教えてくれない』と不満を言っていないで、自分から積極的に働きかけないといけません」。
 なんとしても患者に関わりたいという一心で、小黒氏は文字通り“足”で多職種連携を試みた。当時はまだ義務化されていなかったにもかかわらず、ケアマネや訪問看護師に報告書を持っていく。携帯電話の番号を交換した相手にはショートメールで情報を送る。医師の訪問診療日の数日前に患者宅を訪れて投薬の状況や変化などを確認し、当日の朝一番で医師に事前情報としてショートメールを送るなど。「例えるなら大学病院の教授回診前の研修医みたいなことをしていました。多くの患者さんを診ている先生たちは、診察の時にまず個々の状況を思い出す必要がありますが、それを事前に知らせることで、すぐに思い出せるようお手伝いをしていたのです」。

 しかし、この方法では多職種に効率的に情報を伝えることができない。しかも返答がくることはまれで、どうしても情報が一方通行になってしまう。何かいい方法がないかと探していた時、静岡県で開催していた日本在宅医学会大会で東京・豊島区の土屋淳郎医師(土屋医院 院長)が発表していたMCSの活用事例を見て「これはいい」と直感した。今から5年ほど前のことだ。学会から戻ると早速MCSのアカウントを作成し、まずは親しい訪問看護師と在宅医に勧めて使ってもらうよう働きかけた。在宅チームのメンバーたちはひとたびMCSを使うとその便利さを実感するため、そこから輪が広がり徐々にユーザーは増えていく。訪問看護師やケアマネにとっては報告書の記載と二度手間になってしまうという問題はいまだに残るが、「それを差し引いてもメリットは大きい」と使い続ける多職種は多い。アカウント登録がスムーズにいかない場合は小黒氏が招待して参加を促したり、ICT機器が苦手な場合には直接事業所を訪れてセッティングのサポートを引き受けたりもした。中にはセキュリティ管理を理由に参加を断る事業所もあったが、その後、群馬県医師会がMCSを推奨するようになったため、それ以降は比較的すんなり参加してくれるようになったという。

 MCS導入後の変化について、「まず医師たちが電話地獄から解放された」と小黒氏。また、多職種の書き込みによって患者の病状の途中経過がわかることは、医師にとってはもちろん薬剤師にとっても有効だ。従来は医師の処方箋に従って調剤した薬を届けても、処方理由や実際の効果などについては次回訪問時に患者を通して情報を得るのが精一杯。それが、MCS導入によって処方前後の患者の様子が薬剤師にも伝わるため、薬に関する適切なアドバイスや迅速な対応が可能になった。そして、なにより患者・家族の安心感が違うと小黒氏は強調する。「退院したばかりの患者さんの一番の不安は、“コールボタンを押せば看護師さんが来てくれる”という状況ではなくなってしまったこと。だから私はMCSの画面を実際に患者さんに見てもらうんです。そうすると先生を含めた多職種の間でちゃんと話が伝わっていることがわかってとても安心されます」。こうして高崎市でもMCSによる多職種連携が広がっていった。

▲小黒氏が最初に繋がった医師とのやりとり。ここでは減薬について相談している
▲施設からの相談に対して小黒氏が提案し、その内容を医師が確認している
▲周囲の参加を促すために作成したグループは多数。患者個人のグループや施設単位のグループ、薬剤師のグループもある

(後編につづく)
取材・文/金田亜喜子、撮影/千々岩友美

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