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患者に寄り添う薬剤師~在宅チーム医療への挑戦~(群馬・高崎市)後編

▲小黒佳代子氏(株式会社ファーマ・プラス 専務取締役、プラス薬局 薬剤師)

検査結果や画像は客観的事実として重要な情報

 地域ではICTによる多職種連携の先駆者的存在といえるプラス薬局。現在、具体的にどのようなシーンでMCSを活用しているのか見ていこう。

 積極的にMCSの導入を進めているのが高齢者施設における訪問診療の現場で、同薬局では2019年12月現在、十数施設と繋がりがある。通常は施設単位で1つのグループを作り、参加者は薬剤師と医師、訪問看護師、施設スタッフ、リハビリ職、ケアマネ、管理栄養士など。なかにはショートステイ先の施設スタッフと繋がっているケースもある。高齢者施設では医師による訪問診療は月1〜2回だが、入所者のほとんどは病状が安定しているため、情報のやりとりはそれほど多くない。発熱や怪我など明らかに医師の判断が必要な時のほか、ちょっとした疑問が生じた場合など、施設スタッフから書き込まれれば、内容に応じて医師や薬剤師らが答える。特に変化がなければ1つのグループで複数の利用者の情報を共有するが、たとえば病状が悪化して訪問看護がつく利用者や、特に注視する必要のある利用者については、それぞれ別の患者グループを新たに作成して細かな情報のやり取りをする。特に他の事業所の訪問看護師が入る場合は、すべての情報を共有するわけにはいかないので、必ず別グループに切り離して対応するようにしているという。
 プラス薬局ではがん末期の在宅患者も数多く担当しているが、そうした患者の疼痛コントロールにもMCSは活かされている。日々変化する患者の情報が共有されているので、薬の増量やスイッチングのタイミングを逃さず迅速に医師に提案することができるのだ。「MCSがなかったころは処方箋を見てはじめて患者さんの変化を知ることが多かったのですが、今ではそれを医師と同じタイミングで把握して治療に関わることができるようになりました。医療者としてのやりがいにも繋がっています」(小黒氏)。痛みの状態だけでなく、患者・家族の考え方やその時々の不安な気持ち、さらに生活全体の状況がわかるという点もMCSならではのメリットだ。在宅では、医師も薬剤師も1〜2週間のうちのわずか30分〜1時間しか患者を診られないため、1人で集められる情報は限られる。しかし、多職種がそれぞれMCSに書き込んだ情報をつなぎ合わせることで全体像を浮かび上がらせることができるのだ。ただ、多職種の中には「いいこと」しか書き込まない人もいるので、その点は見誤らないよう注意が必要だと小黒氏は指摘する。「医療介護者も人間ですから、患者さんが弱っていく姿を見るのは辛いという気持ちは誰にもあって、つい元気なところを見つけて書いてしまうのは仕方ないことです。だからMCSに頼りすぎず、自分の目で患者さんを見ることは欠かせません」(小黒氏)。そのため、検査結果や写真といった客観的事実がMCSで共有されることは病態を正しく判断するためにとても重要だ。プラス薬局が関わる在宅医療現場では、傷やむくみの様子、便の状態、検査結果のペーパーなどの写真がMCSにアップされることも多い。これらの情報共有は特に褥瘡ケアなどに有効で、訪問看護師が毎日患部の写真をMCSに上げることが、適切な投薬や処置に繋がる。

 以前より常々積極的に患者に関わろうとしてきた小黒氏だが、かつては医師への処方提案となるとややハードルが高かった。それがMCSを導入してから医師への処方提案や意見交換がスムーズに行えるようになったという。患者の状態から処方を変えた方がいいと判断したときは、迷わず提案するようにしている。しかし、多職種でやりとりするタイムライン上での提案を好まない医師もいるため、その場合はMCS“つながり”機能(個人が直接メッセージを送受信できる機能)を使うなどして、まず直接医師に提案し、了承を得てから決定事項をタイムラインで多職種に共有することにしているという。

 このほか、プラス薬局ではMCSで社内グループを作成していて、社員が日々の業務報告をアップしたり、訪問スタッフが直行・直帰時間をアップしたりと、業務連絡ツールとしても活用している。小黒氏の場合、朝一番でその日の予定をチェックし、訪問先の患者の情報などを頭に入れてから仕事を始めるのが日課だ。「MCSがあると、患者さんに薬を手渡すとき、『この薬が出ているけど、どうしたんですか?』ではなくて、『お熱が出たんですってね』というふうに、患者さんの状態をわかっていることを伝えられます。この『患者さんの状態をきちんと把握している』ことを患者さんにアピールするのはとても大事で、それだけで薬剤師への信頼感が違ってくると思うのです」。 “薬を届けるだけが薬剤師の仕事ではない”と言い切る小黒氏の、そうした患者に寄り添うスタンスには学ぶところが多い。

▲施設スタッフとのやりとり。褥瘡の様子は画像添付で確認する※画像の一部を編集部で加工しています
▲がん患者の疼痛コントロールに関する医師、看護師とのやりとり
▲小黒氏からの提案を医師が検討して患者に確認、処方を変更した

これからの薬剤師・薬局に求められる「患者を見る」力

 今、プラス薬局が存在感のある薬局として高崎の在宅医療の一端を担っているのは、MCSを活用した多職種連携推進と、地域に開かれた薬局づくりへの取り組みという、これまでの努力と創意工夫によるところが大きい。その立役者である小黒氏は、今後の薬局におけるMCS活用の幅について、服薬後のフォローに役立てられる点を第一に挙げる。2019年医薬品医療機器等法の改正により、薬の適正な使用のために必要な場合には患者の服薬状況を継続的に把握、指導することが薬剤師の義務とされた。とはいえ在宅医療では薬剤師が毎日患者の自宅を訪問するわけではなく、連絡手段が電話とファクスだけでは服薬状況を正確に把握するのは困難だ。しかし、MCSがあれば自分が訪問しない時は多職種の書き込みをチェックすればいいので、タイムリーかつスムーズな服薬後フォローが可能になる。
 そして、MCSを使うことで薬剤師やケアマネ、リハ職、介護職のスタッフが、医師と看護師の仲間に入りやすくなると小黒氏は感じている。「仲間に入りたいという薬剤師ばかりじゃないかもしれませんが、私は仲間に入りたい。なぜなら患者さんともっと関わりたいからです」。未だに現場では薬剤師が患者を訪問しても自宅に上がらせてくれない、バイタルを取らせてくれないということはよく聞くことがあるが、それは患者や家族が薬剤師本来の仕事を知らないことが理由だ。そこで諦めずに患者や家族の信頼を得るためには、医師や看護師を中心とした在宅チームの“仲間に入る”ことが大切なのだ。

 このように、在宅医療の現場で薬剤師の仕事が理解されていないもどかしさを感じることがある一方で、小黒氏は在宅医療をやりたいという薬剤師がまだまだ少ないとも言う。また、せっかく在宅医療に意欲をもってプラス薬局を見学に来た薬剤師がいても、結局は去ってしまう薬剤師も少なからずいるという。「そもそも薬剤師も在宅医療をわかっていない。または在宅医療ってこんなものだと勝手に思い込んでいるのでしょう」。こうした課題を解決するためにも、これからの薬局・薬剤師はもっと主体的に医療現場に関わり、きちんとしたエビデンスをもって発信していくことが重要と小黒氏は強調する。実際、ファーマ・プラス株式会社では、社員が日々実践している取り組みを発信することを会社をあげて支援している。「発信することで同じ悩みをもつ人と出会えるし、新しい方策などの学びもあり、また自分の立ち位置の確認もできる。それが仕事の依頼に結びつけばモチベーションにも繋がります。こうして自分の業務を振り返ることはとても大切で、そうでないと薬剤師は本当に調剤マシンになってしまいます」(小黒氏)。

 最後に、小黒氏自身のこれからの展望について聞いてみた。「いま、先生(医師)たちが手一杯なので、それをなんとかしたい」。現在2週間に1度行っている医師の訪問診療を1カ月に1度に減らし、その間を多職種に任せるようにすれば、医師たちが本来やるべき仕事に力を注ぐ時間ができる。こうした対応を少しずつ増やしてはいるが、まだ薬剤師が不足している。今後はもっと増やしていきたいという。それから医師の負担軽減と、薬剤師の学びのためプラス薬局として取り組んでいるのが「事前ラウンド」だ。これは前編で述べた“大学病院の教授回診前の研修医みたいなこと”で、患者の情報をまとめて診察前に医師に伝え、すぐに思い出せるようサポートする。そうすることで医師はスムーズに診療を始められ、診察時間の短縮にも繋がり、薬剤師も患者の状態をより把握できるようになる。
 地域のかかりつけ薬局が本当の意味で患者の役に立つ存在になるためには、そこで働く個々の薬剤師にも、医療者として責任ある役割が期待されるだろう。その期待にうまく応えられていないとしたら、その原因は「患者を見ていないこと」にあるのではないかと小黒氏は言う。プラス薬局で試しているユニークな取り組みに「事前投薬」がある。これは、処方箋を受け取ったら薬を渡す前のタイミングで患者に服薬指導をするというやり方で、「薬を通して患者を見る」という薬剤師の意識を養うために実践している。出された処方箋と過去の薬歴を合わせて、本当に適正かどうか判断する。「こうして薬剤師の目の前から薬をいったん取ってしまえば患者さんを見てくれるかなと思って。目の前に薬がない状態で判断するという意味では、MCSは『事前投薬』と同じですよね」(小黒氏)。在宅医療の現場で、薬局で、日々エネルギッシュに前進を続ける小黒氏のこれからに目が離せない。

取材・文/金田亜喜子、撮影/千々岩友美

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