以前の記事でも紹介したが、大阪府豊中市医師会では多職種連携のコミュニケーションツールとして、MCS(「虹ねっとcom」という名称で運用)を積極的に活用し、医師、歯科医師、薬剤師、訪問看護師、ケアマネなどが参加している。そこでは様々な多職種連携が進んでいるが、歯科医師の活用事例はまだ多いと言えない。そんな中、城徳歯科医院院長の城徳昭宏氏は、歯科医として、MCSも含めた広い意味での多職種連携の可能性を探っている。その取り組みについて話を聞いた。
■PROFILE
城徳昭宏(歯科医師)/城徳歯科医院 院長
歯学部卒業後、留学や歯科医院勤務を経て2010年に城徳歯科医院を開業。口腔内全体の健康を保つことが大切という意識で治療や予防に取り組む。「診療所で受けられる治療を在宅でも当たり前に受けられるようにしたい」と、外来だけでなく訪問診療にも携わるほか、多職種連携に歯科がどう関わるかという命題の啓蒙にも努めている。
痛くなってからではなく、早めの介入を
城徳氏が訪問診療を始めたのは約6年前。豊中市歯科医師会の理事を務める城徳氏が在宅医療や連携の担当だったことから、ケアマネに頼まれて近所の嚥下障害患者のケアを引き受けたことがきっかけだった。とはいえ城徳歯科医院の患者のほとんどは外来で、在宅で診ている患者は取材時点では7人と多くはない。主治医の行政区が別などの事情もあり、MCSを利用しているのはそのうちの3例だという。「私は訪問診療のスペシャリストではありませんが、在宅の患者さんを診るようになって『診療所で受けられる治療を在宅でも当たり前に、遠慮なしに受けられるようにしたい』と思いました」。
歯科医が呼ばれるのは、義歯が合わない、嚥下障害がある、歯周病や歯肉が腫れるなどのトラブルがある時だが、もう少し早く連携をとって介入すれば、患者や家族、医療・介護スタッフも「ラク」になると城徳氏。患者のQOLが上がり、家族や医療・介護スタッフの負担が軽くなり、ひいては医療費の削減にも繋がるのだ。ここについては後編で詳しく説明する。
ICTツールはみんなが使えるものを
自らをパソコンオタクという城徳氏は、豊中市多職種連携の拠点『虹ねっと連絡会』ICT検討ワーキンググループの中心メンバーとして、ICTツールの選定に関わった。そこで検討委員会を開催し、候補のツールを実際に使い比べて、最終的にMCSが選ばれた。「パソコンに慣れている人ならどれでもよかったのかもしれませんが、実際に使ってみると『ちょっと手間だね』と感じるツールもありました。ましてや普段パソコンに触れていない人や、ITに明るくない人だと、シンプルなものでないと使えないんです。カルテではないので、そこまで詳しいものは求めなくてもいい。使うのが大変でうまく連携が取れない、では意味がない」。
違う職種の人が垣根なしに気軽に聞ける環境が大切で、それができないとコミュニケーションツールとしての機能が果たせない。行政区が異なる多職種が関わった際に連携しやすいことも重要とのことだ。
主治医の誘いで歯科医として参加
MCS導入後、城徳氏が歯科医として最初に加わったのが心不全患者のケースで、城徳氏のほかは、主治医、薬剤師、訪問看護師、ケアマネというグループだった。「義歯が外れないように調整してほしい、きちんと磨けていない分、口腔ケアをしてほしいという要望があり訪問しました。当初月1回程度の訪問を考えていたのですが、口腔ケアをすると気持ちが良くてさっぱりするから毎週来てほしい、ということに。柔らかくしたお肉ではなく、ちゃんとしたステーキが食べたいという本人の希望もあり、すり減っていた義歯を新しくすることにしました」。管理栄養士も城徳氏に同行し、栄養管理も行った。「ソーセージは油で炒めるとカロリーが増えるとか、マヨネーズをかけると脂とカロリーが増えるとか、細かく説明・指導しました。昼食を食べている様子を動画に撮らせてもらって嚥下の確認もしました」。その結果、栄養状態が改善して膿瘍からの出血もほとんどなくなり、元気もでてきたという。
また、この患者は薬嫌いで残薬が多いという問題もあった。「飲みたくないとはっきりおっしゃるのですが、検査データが悪かったらもっと薬が増えるから、減らしたかったらちゃんと飲んでね、と説得しました。栄養も薬も歯科医である私の専門ではありません。しかし、いろんな専門職の知恵が少しずつ集まれば、このケースのように患者さんの生活を改善できることがたくさんあると思います」。
専門職の家族や災害時用のグループも
現在MCSを活用している患者の1人は、医療従事者の家族。義歯にトラブルがあったのでグループに招待され、薬剤師、ケアマネ、理学療法士と情報共有のために利用している。「ほっぺを噛んでしまう、と本人が言うので診察に行くと、口内に傷ができていました。その後、何かあるとご家族がすぐに状況をMCSに書き込むので、『食べられないくらい義歯の具合が悪いなら次の予定より早く行こう』とか、『そういう状況ならこの機材を持って行ったほうがいいだろう』とか、柔軟に対応できたり、事前準備ができたりします」。
また他ではあまりないケースかもしれないが、万が一に備えて主治医、歯科医、ケアマネ、家族のグループを作っておき、普段は使っていないという患者もいる。認知症ではあるが安定しているので、日々のやりとりはほぼ不要。しかし、もし避難が必要な災害が発生した場合、福祉避難所でないと受け入れが難しい症状なので、災害時の情報を迅速に共有するための安心材料としてグループを作成したという。「2018年の大阪北部地震の時に、『虹ねっとcom』での情報共有が役に立ったという実績があったので。災害が起こる前、今の内に登録しておこうということになりました」。
家族に感謝された認知症患者への口腔衛生
歯科医として 多職種連携に関わり、改めて見えてきたことも多い。ケアマネに呼ばれて訪問した比較的軽度の認知症の患者のケースで、当初、義歯の取り外しをさせてくれない、口の中に手を入れさせてくれない、歯磨きもさせてもらえなかった。「口腔ケアをするようになって、きちんと口を開けてくれるようになりました。口の中は意外と敏感なので、きれいになって、ブラッシングで歯や歯茎が刺激されるからなのか、口腔ケアの後は結構喋ってくれたりするんです。ご家族には本当に喜ばれました」。
認知症は徐々に進行したものの、口の中の状態がよく、食べることができたため、体の健康状態は保つことができた。管理栄養士や理学療法士の努力もあって、1年目より2年目の方が筋肉量が多かったほど。「こういうことをしたら病気を予防できるというのをご家族が受け入れて、実現できる体制になっていたことも大きいですね。患者さんの状況を家族が把握していて、ケアマネさんも熱心なので、MCSでの連携が必要ないくらい安定しています」。
長期摂食中止患者への摂食嚥下指導も
MCSで多職種連携を図る以前に、そもそもうまく連携できるかという問題がある。嚥下が不自由になってきたのに、患者が刻み食やとろみ食は食べ物ではないと拒否し、だんだん痩せてしまい、その結果胃ろうになってしまったケースだ。週に1度だけ、言語聴覚士がゼリーなどを食べさせていたのだが、誤嚥性肺炎で入院し、長期にわたって摂食中止となっていた。
「歯茎や口の中が痛いという訴えがあり、口内炎の治療で介入したのですが、嚥下のテストでスクリーニングしたら、食べられそうな状況だったんですね。ただ過去の経緯や機能低下の状況がわからなかったので、何週間かの間接訓練を経て直接訓練を実施しました」。誤嚥しても危険性の低いカロリーのないものから始め、口腔ケアをしながら少しずつ経口摂取できるように努めた。「耳鼻科の先生が往診していた頃はベッドに横たわったままだったのですが、訓練を重ねていくと座って食事もできるようになったんですね。先生や理学療法士の方も驚かれて、患者さんの食事の様子を動画に撮って参考にされたこともありました。VF(嚥下造影検査)もできればよかったのですが、ご家族からすると病院まで行って検査するのもハードルが高いなど、いろいろな問題があって。結果的にVFなしで、今は週に1回、ゼリーを食べてもらっています。それは生きるために必要かと言われるとそうではないんですけれど、口から摂れば本人の楽しみにもなりますし、回復にも役立つかもしれない。今は『好きなフルーツくらいは食べたいな』という意欲もでてきました」。
開業歯科医でも対応可能なVE(嚥下内視鏡検査)だと、どういう食形態まで食べられるか、飲み込めているのかまでは確認できるが、飲み込んだものが肺にいっているのか食道にいっているのかまではVFで造影しないとわからない。より安全に、安心して摂食嚥下指導をするためには、耳鼻咽喉科医と歯科医の連携が取れている必要がある。「MCSで連携をする以前の問題ですが、やはり現状ではなかなか困難なことも多いです」。
取材・文/清水真保、撮影/貝原弘次