多職種連携に歯科がどう関わるか
「多職種連携に歯科がどう関わるかというのは、歯科医自身もきちんと整理していないことがあるんです。そもそも歯科医が呼ばれるのは痛みや不快症状があったり、食べられなくなってから。本来ならそうなる以前に介入したい。薬剤師会の方によく言うのですが、錠剤が飲めなくなったから服薬ゼリーという段階で、嚥下障害が起こっている兆候ではないかと。この段階からケアすれば、悪化は予防できるのではないかと思います。栄養面でもそうですね。口腔管理や適切な義歯の装着で、栄養状態が改善することが多いので、フレイル予防の面でも早めに介入した方がいい」。
誤嚥性肺炎の発症率が、歯科医や歯科衛生士による専門的な口腔管理・ケアと口腔清掃によって6割以下に減少することも明らかになっている。痛みや不快な症状が出る前からのケアが必要なのは自明にも思えるが、なかなかそうはいかないのが現状だ。「たかが肺炎と思われるかもしれませんが、亡くなる人も多いんです。退院できても、要介護度が進めば家族も大変だし、本人はもっと辛いし、ケアする人も大変になる。だからうまく連携して、安定した状態を作ってあげて、安らかな看取りに繋げるのが誰にとってもよいのです」。
『要介護者の口腔状態と歯科治療の必要性の調査』(厚生労働科学研究費補助金(長寿科学総合研究事業)2002 対象;要介護者368名平均年齢81歳)によると、要介護者の約90%が何らか歯科治療や専門的口腔ケアを必要としながら、実際に受診したのは約27%に留まるという。
「診療所の医師が訪問診療の際に、歯科医を入れた方がいいですよ、とアドバイスしても、介入できたのは半分だったという報告もあります。経済的な問題も大きい。ケアマネさんに聞くと、月何百円の負担ですら、しのぎを削ってケアプランを作っている。本当はサービスを受けた方がいいけれど、払えないという人がいるのも事実です。ただ1つ、いまだにケアマネさんでも医師や歯科医師の居宅療養管理指導が介護保険の支給限度額の枠外だということを知らない人がいるので、そこは正しく理解してほしいですね」。
口腔ケアで合併症や入院日数が減る
歯科と医療の連携は在宅だけではない。頭頸部進行がん患者の再建手術後の合併症が減少したり、病棟で入院している患者に看護師ではなく歯科医師・歯科衛生士が口腔機能管理を行うと、在院日数が削減するという調査結果もある。
「客観的なデータが出てきたことで、周術期や放射線療法、化学治療の口腔機能管理が保険適用になるなど、重要性は認知されてきています。脳卒中や人工股関節の手術でも、退院時の経口摂取率が良かったり、術後の発熱日数が減ったりという結果も出ています。また周術期に口腔機能管理を実施すると、術後の肺炎炎症が抑えられるという調査結果もあります。周術期に医科と歯科が連携することがいかに大切かということですね」。
在宅と同様、栄養面をサポートする役割もある。口腔管理や義歯の装着を適切に行うことで、栄養摂取が困難な患者も経口摂取が可能になり、栄養状態が改善することが多い。「こういうことは病院の医師には常識になっていますが、開業医はまだ知らないこともあるので、もっと周知しなければなりませんね」。
医師同士の連携をより強めるために
周術期のケアの重要性は認知されてきたものの、一般に歯科医療のイメージはやはり虫歯の治療などいわゆる形態回復ではないだろうか。「端的に言うと『口腔は栄養と感染の入り口』です。例えば歯周病。そんなに大したことではないと思われがちですが、これは感染症です。単に歯がなくなるだけでなくて、歯周病の細菌が全身に回って影響するというのが今の考え方です」(城徳氏)。
歯周病と糖尿病の関連も指摘されている。重度の歯周病がある糖尿病患者は、糖尿病腎症、虚血性心疾患、総脂肪量が増加する可能性があるのだ。「糖尿病での歯科とかかりつけ医、専門医の連携の必要性はよく言われていることで、歯科も薬剤師もそこに入って重症化を未然に防ごうということなのですが、実際はなかなか進んでいません。眼科との連携もそうです。糖尿病から糖尿病腎症、要は透析患者をいかに減らすかは医療費削減の面からも大きな課題です。透析患者になると仕事を続けることが困難になることが多く、社保から国保にどんどん流れてくる。国保だけ頑張ってもダメなので、例えば広島県呉市では、健保全体で取り組んでいます。糖尿病性腎症重症化予防のために受診推奨者に対して、歯周疾患の検診などを実施するなど、通常は病気になってからの治療に適用される保険が、未然に防ぐための口腔管理に適用されるのは画期的ですね」。
近年増えている骨粗鬆症への対応も急務だ。骨粗鬆症やガンで骨転移している患者が飲む薬には、顎骨壊死を起こす重大な副作用がある。そのため、投薬前には口腔内衛生状態を改善し、治療中は定期的な口腔内検査や感染源の除去や感染予防が必須となる。豊中市では、骨粗鬆症治療ネットワークがあり、骨粗鬆症治療投薬前の口腔ケアや投与中の歯科治療に対応できる歯科医師のリストを作ったり、薬剤の重要な副作用である顎骨壊死予防のための連携用紙を作り、連携を進めたりしている。
「ここまでしても、なかなか連携が進まないという現状もあります。歯科医側として、『口腔は感染の入り口』ということ、歯周病も全身に影響する感染症だということを一般常識として広めなくてはいけません」。
連携のあるべき姿とは
これまで見てきたように歯科医が多職種や患者、患者家族と連携しなくてはならないのは、誤嚥性肺炎防止、糖尿病など疾病の重症化防止、栄養摂取などさまざまな面からも明らかだ。
また歯科医と病院、専門医との連携が必須なのも当然のことで「骨粗鬆症の連携もそうですが、定期的に専門医に診てもらい、そのままでいいのか変更が必要なのかの判断が要ります。摂食嚥下でも、専門の医師から診断や指導をしてもらえば、こちらでできることはいくらでもある。安全を担保する意味でも専門医がきちんと診断、指導してくれることで、多職種がもっと気軽に、安全に在宅診療ができると思うんです。急性期で対応が無理な時なら専門の医師に、安定すれば近くの医師やかかりつけ医が診ればいい。全部を1人で抱え込まず、歯科の中でもうまく連携すれば、もっとラクになるし、在宅をやりたくないという人でも、これくらいならできるかなと思ってもらえるのではないでしょうか」。
口腔ケアの重要性について意識改革が必要
少しずつではあるが、予防の重要性が認知されてきたとはいえ、まだまだ治療にしか目がいかないのが現状。ここでは医療者だけでなく、一般の人たちも意識改革が必要だろう。「骨密度は歳をとるとみんな下がりますし、誰もが口の中に菌がある。健康な人全員が病気の予備軍なんです。そして病気になる前にできることはたくさんある。例えば歯科検診も、1年に1回ではなく、半年に1回、4カ月に1回行なっている企業があります。歯科検診を実施すると医療費が下がるそうです。本当に、元気なうちに検診に来て欲しいし、問題が起こる前に在宅の患者さんを診る機会を作ってほしいと思います」。
多職種連携や病診連携、診診連携のモデルケースになるような取り組みをしているところが多いが、他の成功事例をそのまま当てはめるのも難しいという。
「他の事例やシステムが良さそうだからと言って形だけ導入しても、現場の人間が実際にやってみて動かないことには進まないんです。試行錯誤した上で取り組まないと、きちんとした連携にならない。医療機関や医療資源はそれぞれ違うし、患者さんも家族も違う。焦ったり、頑張りすぎる必要はなくて、少しずつ、一人一人がやれることをしていけば、知らない間に連携はできると思います。取り組んだり、参加している人の数が多くなくてもいい。関わっている人が少しずつ繋がっていけば、知らない間に何十倍にもなるんじゃないですか」
そういう意味で、MCSは連携のための良いツールになると城徳氏は考えている。「簡単に操作できるので誰でも使える。最低限の共通言語で喋れて、患者さんの状況が把握できることで、みんなの仕事がしやすくなる。歯科の検査データや内科のレントゲン、電子カルテは専門の人がしっかりみればいい。お互いに必要な情報がわかりやすく共有できれば、それで十分。遠回りでも、地道に必要な連携を継続することが、結果的に多職種連携の近道に繋がると思います」。
取材・文/清水真保、撮影/貝原弘次