【公式】MedicalCare POST(メディカルケアポスト)

患者を支える 診療所と訪看Sta.の情報連携(群馬・前橋市/高崎市)

▲(後列左より)豊田内科医院事務 石田清子氏、看護師 渡邊瑞月氏・松園恵里子氏、(前列左より)豊田内科医院看護師 小島佳子氏、副医院長 豊田満夫氏、ハグハート訪問看護ステーション 反町利恵氏、ケアプランセンター六(りく) 小林厚子氏

群馬県の県庁所在地、前橋市。前橋駅からバスで約15分、敷島公園にほど近い住宅街に佇む豊田内科医院。1980年の開院以来、「丁寧な医療・安心な医療」を理念とする地域に根差したクリニックである。2015年までは、外来で通院していた患者が通院困難になり、かつ患者・家族の希望があった場合のみ院長が個別に訪問診療を行っていた。2016年からは、前橋赤十字病院消化器内科の医師という顔も持つ副院長の豊田満夫医師を中心に、前橋赤十字病院と連携しながら自院の外来患者に限らない訪問診療を開始。その後、ハグハート訪問看護ステーション・反町利恵氏との出会いをきっかけにメディカルケアステーション(MCS)を導入した。そして、豊田氏が目指す「患者さん、ご家族が安心できる病院と在宅との切れ目のない医療」を実現するため、さまざまなケースで活用を進めている。

本当に患者に喜ばれる医療を提供したい

 豊田内科医院副院長の豊田満夫氏は肝臓・消化器が専門。副院長を務めながら、前橋赤十字病院消化器内科医(週2日半)を兼任している。病院の勤務医として関わった入院患者が、在宅療養を希望しながらも在宅医が見つからないため帰宅できず、病院で亡くなる事例をたくさん見てきたことで「在宅医療を希望する患者が安心して療養できる環境を実現したい」と考えるようになる。そして、2016年頃から開業医でもある自身の立場を活かし、前橋赤十字病院の医療ソーシャルワーカーと連携する形で在宅医療への取り組みを開始した。

 現在、訪問看護ステーション12カ所・薬局7カ所・ケアマネ20名の他、ヘルパーなど多職種のスタッフと連携しながら、在宅医療を希望する末期がん患者を対象に、在宅20名、施設入所120名のケアを担当している。豊田氏の方針は「患者が希望する在宅療養を、色々な方法と専門知識を使って思いっきりサポートする」というもの。住み慣れた家で過ごせる安心感と、病院と同様の医療的サポートを希望する患者に対し、「満足してもらえる医療を多職種と協力して提供する」ことを目指している。そして、その実現のためにMCSが大きな役割を果たしているという。「主治医とはいえ患者さんと接する時間は短いので、診察前後の状況が把握できないと適切な医療を提供できません。ですから、自分が会っていないときの患者の状況が把握できるMCSの存在はとても貴重です」(豊田氏)。

 MCSとの出会いは、ある訪問看護ステーションとの出会いだった。

“訪看記録”を共有する、ハグハート訪看ステーションとの連携

 MCSを導入することになったきっかけは、1人の終末期の患者が在宅医療へ移行するために高崎市のハグハート訪問看護ステーションと連携した際、ハグハート管理者の反町利恵氏から導入を強く勧められたことだった。一般的なケースと異なり、クリニックよりも早く訪問看護ステーションがMCSを導入し活用していた背景について反町氏に聞いた。

「2015年にステーションを立ち上げ、ほぼ同時にMCSを使い始めました。そもそも知ったきっかけは群馬県医師会の説明会でした。便利そうなものはどんどん使ってみようと、あまり躊躇せずに導入しました。最初はステーション内での連絡と情報共有が目的でした。通常のSNSでよいのでは、という考えもありましたが、何かあったときのことを考えてセキュリティ基準をクリアしているMCSを使うことにしました。うちには6名の看護師が在籍しているのですが、そもそもステーション内でもタイムリーかつ正確に情報共有することができておらず、それが解決できただけでも入れた意味がありました。患者を訪問した看護師がMCSに情報をアップするとスタッフ間ですぐに情報共有ができますから。操作も簡単で、情報発信のハードルが低いのも良いですね。今では多職種間の情報共有に積極的に活用しています。」(反町氏)

 また、当初は訪問看護記録を書き、同じ内容をMCSにも上げていたが、2度手間を避けるため今はMCSにアップした内容を訪問看護記録にコピ―&ペーストしてプリントアウトするという方法で運用している。行政に確認したところ、①ドクターのコメントが含まれており②プリントアウトされているため、ターミナルケアの加算対象として問題ないことが確認できたそうだ。情報共有だけでなく、訪問看護ステーションの業務効率化も実現した注目すべき活用法といえる。

▲MCSにアップした看護記録とプリントアウトした看護記録

「豊田先生と連携することになった時も『当然使っていますよね』という感じでお勧めして、使っていただくことになりました(笑)。電話でのやり取りだと行き違いが発生する可能性があるので、指示は必ずMCSにあげてもらい、確実にスタッフに伝わるようにしています。先生に問い合わせたいとき、電話だと『今忙しいかな』と遠慮する気持ちがありますが、MCSなら情報を上げておけば先生が確認したのをアイコンで確認できて気が楽です」(反町氏)。

 導入当時、豊田氏は前橋市医師会の説明会などでMCSの存在は知っていたが、スタッフとの情報のやり取りは電話・ファクスが中心だった。反町氏の熱心な誘いで導入を決め、使い始めると、すぐにその使いやすさ、利便性を実感したという。「SNSと同じ感覚で使うことができるので抵抗なく使い始めることができました。クリニックのスタッフも全員参加していて、勤務時間の都合でミーティングに参加できない人のために、議事録を載せて共有しています。メールだと返信が必要ですが、MCSは『了解ボタン』を押すだけでよく、医師が『見ている』ことが伝わります。以前は、緊急ではない内容でも電話連絡がありストレスだったのですが、それが減ったのがありがたいですね。また、電話だと指示が間違って伝わりやすいですがMCSはそれが防げます。半日以内に返事が必要な急ぎの案件については電話をするというルールも設けています」(豊田氏)。 

時間があるときにMCSのタイムラインを確認して、優先順位の高いものから対応して指示を出すことが可能なので、限られた時間を有効に活用できるようになったという。情報をテキストで確認することで冷静に対応できるようになり、より質の高いケアが提供できるのだ。

▲施設在宅の患者のための活用例。施設ナースと豊田内科医院との連絡用ツールとして活用

患者・家族とも繋がる多職種連携

 豊田内科医院とハグハートとの連携では、在宅の患者や家族がMCSに参加しているケースも多い。「在宅の患者さんで家族が遠くに住んでいたり、昼間に訪問してもご家族にお会いできないようなケースには、MCSに参加してもらい情報共有しています。たとえば、在宅治療の後に施設に入所された消化器がん末期の80代女性のケースでは、ご家族に患者の様子を伝えるため、60代の息子さんにMCSのグループに参加してもらいました。施設での様子や治療について知ってもらえば、状況を踏まえてお見舞いに行ってもらえると考えたんです。抵抗なく使っていただき『情報がいつも確認でき、常に医療者と繋がっている感覚があるのはとても安心できる』という言葉をいただきました」(反町氏)。

 在宅医療では患者の最期を看取ることも多いのだが、ある患者の看取りの際、訪問看護師がMCSに上げた患者の最期の様子、家族の様子や言葉がとても印象に残っていると豊田氏は語る。「在宅治療を担当した患者さんが亡くなった場合、死亡を確認し、書類を作成することで医師としての仕事は終了です。しかし、ハグハートの訪問看護師さんが、患者さんが亡くなった時の様子や、グリーフケアに訪れた時にご家族とどんな話をしたかということなどをMCSにアップしてくれることで、患者さんがどのように頑張って最期を迎えられたのか、その後のご家族の様子はどうだったかを知ることができるようになりました」(豊田氏)。満足してもらえる医療を提供するためには、患者本人や家族が医療をどう感じていたかを知ることが欠かせない。今後の在宅医療に反映するためだ。その点でもMCSは重要な役割を果たしている。

▲看取り前後の患者の家族とのやりとりをMCSで共有する

 また、スト―マを造設した患者など、ケアを担当するスタッフにタイムリーに細かな指示が必要なケースでも、MCSで共有する情報が役立っている。初めて訪問入浴に訪れるスタッフも、訪問看護師が把握している患者の詳細な状況や、入浴に関する希望などを確認することができ、的確な対応が可能になる。MCSを使うことでスタッフが安心して訪問できる環境を実現している。

▲ストーマ患者における初回訪問入浴の事前情報収集での多職種のやりとり

 患者が医師に対して本音を伝えないケースもあるという。「私の診察が終わった後に、看護師や家族に当たったりする患者さんもいるようです。患者が、受けている医療をどのように感じているのか、どんな反応をしているのか、リアルな情報が知れることでその後の治療の参考になります」(豊田氏)。

情報共有による多職種スタッフへのプラス効果

 MCSでの情報共有により、スタッフの業務効率化のほか、さまざまなプラス効果があるという。自分が関わっていない看護のことやケアマネの動きが見えることは、今どんなケアが求められているのか把握した上で訪問できることに繋がり、多職種連携にとても有効なのだ。スタッフ間のコミュニケーションを円滑にすることにも大きく役立っているだけでなく、スタッフの「グリーフケア」効果もあるという。その効用について取材したスタッフそれぞれの感想とともに紹介しよう。

MCSの情報共有がスタッフの心理的な負担の軽減につながり、ひいては患者へのより良い対応に繋がっていくという相乗効果が生まれている。

終末期のケアは「治療のケア」ではなく「支えるケア」

 最後に、豊田氏、反町氏が目指す在宅医療の姿やMCSに期待することを聞いた。「終末期のケアは“治療のケア”ではなく“支えるケア”。私たちの仕事は、日々の暮らしを支えながら、患者さんの終末期の物語を紡いでいくことだと思っています。MCSは患者さんの生活に関わるどんなことでも自由に書き込める。それが私たちのステーションでMCSが受け入れられた理由だと思います。単なるデータだけではなく、患者や家族の言葉や気持ちの揺れや心配、治療に対する希望や不満、そしてそれらに私たちが感じたことや思ったことをいかに共有できるかが大切なんです。MCSがあれば、そのような情報をアップしておけば豊田先生やケアマネさんたちがそれを受け止めてケアに活かすことができます。情報を活用して切れ目のないケアを行うことが、これからの在宅医療では重要になると思います。今後は地域包括ケアの方針のもと、入院から在宅へ移る患者さんが増えるはずです。それに向けて病院の医師にもMCSを使ってもらい、その効果を感じてほしいですね」(反町氏)。

 反町氏が看取った乳がん患者で、「MCSがあれば…」と感じるケースがあったという。受診していた大学病院から在宅医療を勧められていたが、本人は主治医を信頼しており、病院での治療を希望していた。しかし、ベッドからの転落による腰部打撲のため、車いすにも乗れない状況になったことで通院ができなくなり、在宅での療養となった。本人も最終的には「自宅で過ごしたい」という意思を示したのだが、MCSのようなツールを通じて在宅医療に至るまでの訪問看護師とのやり取りや、本人や家族の気持ちをリアルタイムで主治医と共有できていれば、その場その場で本当に必要な医療をもっと受けられていたのでは、という思いが残るという。

「この方は乳がんの末期でした。自壊創があり、そこから出血することも度々ありました。病院主治医と同時に在宅医も介入はしていましたが、より専門的な処置の方法を乳がんの専門医(病院主治医)とリアルタイムでやりとりしたかったですね。娘さんによる介護も人一倍必要な方だったので、そういう点も含めて“電話やファクスでの一方的な報告”ではなく、病院受診時の様子やケア、それを受けての在宅での様子やケアなどを共有したかったと思います。あまり問題のない患者さんは良いのですが、困難事例の患者さんにシームレスな病診連携を行うためには、MCSのようなツールを用いることが大きく役立つと思います」(反町氏)。

「在宅の患者さんやご家族の気持ちにきめ細かく応えたい、良い医療を切れ目なく届けたいという気持ちはこれからも変わりません。終末期の患者さんは状態が変わりやすく、同時にご家族の気持ちも変わりやすいものです。MCSのタイムラインで直近の患者さんの状況を確認して患者・家族の気持ちや希望を掴めれば、先手先手の対応ができ、気持ちに寄り添った医療ができます。また自身の経験から、入院時の主治医が在宅患者に関われる仕組みがあれば、病診連携でも切れ目のない医療が実現でき、患者・家族も安心です。病院担当医師と病院ソーシャルワーカー、そして在宅医療者がMCSのような仕組みで連携することで、患者の希望に沿った効率的なケアに取り組めるようになるでしょう。これからも患者さんやご家族に満足してもらえる医療を追求したいと思います」(豊田氏)。

 クリニックと訪問看護ステーションとの情報連携を軸とした医療介護の多職種連携の最新事例として取材したが、次の重要テーマは病診連携とのこと。病院とクリニックとのICTツールでの連携について、現状ではまだハードルが高いのかもしれないが、「切れ目のない医療」実現のためにMCSが役立つことが期待される。

取材・文/新井明人、撮影/千々岩友美

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