第3回 医療以外でやるべきこと
2017年に東京・三鷹市で開業した医師の田中公孝氏(ぴあ訪問クリニック三鷹 院長)へのインタビュー。新規開業するためには資金作り、不動産選びなどやるべきことが山ほどある。第3回ではそうした医療以外の面で必要なことについて紹介する。
開業前からずっと冷静な判断力が求められる
開業前は、事業計画書を作るとか、銀行からお金を借りるとか、不動産物件を選ぶとか全て初めての経験ばかりで、何を基準に取捨選択すればいいのかもわかりません。外来診療をやる場合は立地もとても重要で、通り1本入ると全然目立たないけれど、人目に付く大通り沿いにはちょうどいい物件がない、ということも多い。私の場合は訪問診療中心なのでそれほど立地は気になりませんが、物件選びに苦労しているドクターを見ていると、 経験者やコンサルタントなどに相談しないと自分一人ではなかなか難しい面もあるのではないかと思います。
私の失敗を挙げると、見切り発車で物を買ってしまったことでしょうか。まず大きすぎる車を買ってしまった。コストをなるべく抑えたミニマムスタートを目指していたのに、車はちょっと乗り心地がいい方がいいな、と思ってしまったんですね。でも、三鷹は入り組んだ路地などが意外と多くて、もっと小回りのきく車にすべきでした。それから小さすぎる冷蔵庫を買ってしまったのもミスでした。量販店で「これでいいや」と一人用の冷蔵庫を選んでしまったのですが、実際にはスタッフのお弁当や飲料を入れたらいっぱいになってしまう。家具を買った時に組み立てサービス代をケチったのも失敗でした(笑)。最初は診療もしないし、組み立てる時間くらいあるだろうとタカを括っていたのですが、これに悪戦苦闘してしまって。中にはDIYで内装をやってしまうドクターもいますが、必ずしも誰にでもできることではありません。やっぱり自分の得手不得手や人脈、リソースを踏まえて優先順位を判断していくということが開業前の段階からずっと求められるのです。
地域社会に溶け込むためにも理念を言語化
開業してすぐには患者さんが来ないので、まず営業活動をしなくちゃいけないのですが、これが医師にとってはなかなかハードルが高いと思います。近隣の訪問看護ステーションや地域包括センターなどに挨拶に行ってもあまり反応がないというか、「何が得意なんですか」とか「今までどういうことをされてきたんですか」とか、ちょっとよそよそしい感じで聞かれたりします。それまで病院で勤務医として接していた患者さんというのは、すべて向こうから「診察してください」と来てくださることからスタートするので、知られていないところにこちらからアプローチする、営業するという経験がないのが普通ですから、よそよそしくされるという時点で戸惑ってしまうんです。
患者さんに来てもらうためにはPRが必要で、開業当時は他のクリニックのパンフレットをいろいろ見たりしましたが、どれも同じようなことが書いてあって、選ぶ側からすると違いがわからないと思いました。だから開業時からきちんと他と差別化しようと思ったら、どういう医療をやりたいのか、特徴は何か、という理念をしっかりと考えて周知していくことが重要になります。最初に「なぜ開業しようと思ったか」というところを自分で深掘りして、将来像やビジョンも含めてなるべく言語化する作業が実は大切。基本的なスタンスさえ一貫していれば、後から少しぐらい文言を変えたっていいんです。やっていくうちに具体性が見えてくるのですから。
持続するためには経営の知識も必要
私は、開業して続けていくために経営の知識も必要だと考えているので、今、ある経営ゼミに参加しています。在宅医療は24時間365日対応しなくてはならないので、スタッフが休める何らかの仕組み作りをしていかないと継続が難しくなる、というリアルな課題があります。つまり、24時間365日の診療を無理なく持続できる経営を目指すというフェーズになってきた時に、どうしても経営という視点は外せません。これから先の超高齢社会を持続可能性をもって支えていくには、一定以上の規模の拡大も必要だと思います。
クリニックにも、やはり立ち上げフェーズと試行錯誤するフェーズ、そして拡大フェーズというものが必ず存在するわけで、それぞれのフェーズごとに考え方や考える内容が変化してくるはずです。私のところも、立ち上げるときは「いかに患者さんを集めてファンを増やすか」ということを課題として取り組んできたのですが、今は制度を作ったり交代制の仕組みを整えたりというのを確立していく段階で、次の拡大を目指すための礎を築いていくことを意識しながら経営していかなくてはいけないと思っています。経営面ではめげそうになることもありますが、乗り越えることでまた新しい景色が見えてくることは励みになります。
取材・文/金田亜喜子
(第4回に続く)