「日常のつながりが有事の即戦力に」~豊中市医師会が示す、災害に負けない地域連携のあり方~
この記事のポイント
・豊中市のMCS利用が増えた理由
・病院や行政が参加した患者グループの活用法
・災害時の医療機関の「機能維持」を可視化
・災害時のスムーズな連携を成功させる「3つのポイント」「受援力」を身につけるために必要な日々の取組

はじめに
2018年から大阪府の豊中市医師会が『虹ねっと』の愛称で運用しているMCS(メディカルケアステーション)。取材当時、MCS内に作成した『虹ねっとcom』グループには469名の医療介護関係者が参加していましたが、2025年11月現在、その数は1,400名を超え、地域を支える巨大な連携基盤へと成長しました。コアメンバーの一人である、一般社団法人豊中市医師会 会長であり、医療法人正幸会 つじクリニック院長を務める辻 毅嗣(つじ つよし)先生に、その運用術と普及の秘訣を伺いました。
【前回の記事】
災害時に役立った400名超の多職種ネットワーク『虹ねっとcom』(大阪・豊中市)
『虹ねっとcom』の参加者が1,400名を超えたとのことですが、これほどまでに増加した要因は何でしょうか?
一番の要因は、地域での多職種の情報共有ツールとして定着してきたことです。加えて、病院や行政との連携が一段と強固になったことですね。 まず病院に関しては、基幹病院との連携が進んだことが大きいです。新たに就任された基幹病院の院長が、以前から大学レベルでICT連携を構想されていた方でした。そこで我々が現場レベルで積み上げてきた実績や、MCSによる災害時連携の構想をお伝えしたところ、病院トップのビジョンと我々の活動が合致し、一気に病院内での災害訓練時の利用が始まりました。
行政に関しても、以前は個人情報の問題や市の制約もあり、ICT化はなかなか進みませんでした。しかし、保健所側にも「2018年の地震や台風21号の停電の際、電話がつながらず在宅人工呼吸器患者さんの安否確認がスムーズにできなかった」という強い課題意識があり、それがきっかけで、MCSでの連携が動き出しました。『虹ねっとcom』の運用が始まった2018年から私がトップの方々に伝え続けてきた「地域連携のICT化」の軸は何も変わっていませんが、ようやく動き出しましたね。目指すべき「ゴール」をブレずに伝え続けていてよかったと実感しています。
他に、普及を後押しした要因はありますか?
やはり、コロナ禍を境に医師会内でもMCSに加入する先生が一挙に増えたことは間違いありません。 2020年3月に医師会で「帰国者・接触者外来」を立ち上げた際、国や府からの情報は届いていたものの、必要な情報を探すだけでもタイムラグが発生していました。そんな中、私たちはMCSのグループ内で「アルコール消毒液はどこで手に入るか」「防護服の代用はどうすべきか」といった現場の切実な情報をリアルタイムに共有できました。直接会うことが難しかった時期だからこそ、情報のスピード感に救われた先生方は多かったはずです。
病院や行政とは、具体的にどのような情報をMCSで共有されているのでしょうか?
災害時、特にALS(筋萎縮性側索硬化症)などの人工呼吸器を装着されている難病患者さんへの対応は一分一秒を争います。この仕組みを訪問看護ステーションと構築していますが、保健所や基幹病院が加わっていないと、リソースの確保や搬送の調整に遅れが出てしまいます。
そこで、日々の情報共有用とは別に「災害時専用の患者グループ」を作成して連携をとるようにしました。このグループは保健所の担当者が管理者となり、普段からやり取りしているメンバー、患者さんのご家族、そして基幹病院の地域連携室が参加しています。 行政が日々の情報共有用のグループに入ることには抵抗感があるご家族もいらっしゃいますが、「災害時専用」と切り分けることでスムーズに受け入れていただけました。このグループは訓練でも活用するため、災害が起きてから作るのではなく、日常の部屋を作るのと同時に立ち上げておくのが鉄則です。電話やFAXが主だった病院との連絡も、今では台風接近前に「いつ入院するか」「停電対策はどうするか」といった具体的なやり取りがMCSで完結できて非常に便利です。



その他に、災害対策として取り組まれていることはありますか?
地域の各医療機関が、災害時にどれだけ通常通り診療を継続できているかを正確に把握するための手段として、GoogleフォームとFAXを併用した安否確認を行っています。 単なる個人の無事確認ではなく、医療機関としての「機能維持」を可視化することを目的としており、GoogleフォームのURLをMCSのグループで共有しています。2025年8月安否確認訓練を行ったのですが、回答率85%のうち約4割がMCSで共有したGoogleフォームでの回答でした。
安否確認で得られた情報は、行政と連携して設置する「災害時医療本部」において、市内の医療体制をどう運営していくかを決める重要な判断材料になります。 どのくらいのクリニックが通常診療を継続できるか確認できれば「応急救護所」を立ち上げるかどうかの判断ができます。もちろん、行政の運用計画には救護所の設置も含まれていますが、「ここのクリニックは開いている」「あそこへ行けば受診できる」という情報は市民の方々にとっても必要な情報ですので、これを共有できれば災害時の混乱を最小限にできると思っています。



災害時の連携を成功させるためのポイントを教えてください。
まずは「平時にできないことは、有事には絶対にできない」ということです。現在豊中市では、患者グループが5,600件超、自由グループも1,000件を超えています。特に「自由グループ」は医師会の理事や会員全体のグループはもちろん、多職種連携グループや訪問看護ステーション同士の連携など、本当に多様なグループでの連携が自発的に生まれています。日頃から利用して便利さを実感し、自分たちのツールとして愛着を持って使いこなしておく、これに尽きます。

次に「災害用グループを平時から常設し訓練を重ねること」です。いざという時に「誰がグループを作るか」「誰を招待するか」「どんな投稿をすればいいか」など迷わないようにするためです。そして定期的に訓練を行うことで手応えだけでなく気づきを得ることもあるのでその都度ブラッシュアップしていくことがよりよい連携に繋がると思います。


最後に『「第一声」を上げられる関係を築くこと』も大切です。災害時は自分のことで精一杯になります。”それどころではない”という極限状態の時こそ誰かの投稿を待つのではなく「大丈夫ですか?」「こちらは停電しています」など率先して第一声を上げること、そしてその第一声に対し返事やリアクションをすることが重要です。「投稿したら返事が来る」という小さな成功体験が実は信頼や安心感に繋がります。この感覚が地域全体に根付いていけば、災害時や緊急時でも、MCSを大切なツールとして自然に使えるようになります。誰かに強制されるのではなく「自分たちの安心のために、自分たちで使う」この進み方こそが最も確実で強い普及の形ではないかと思います。
活用が広がらずに悩んでいる地域へ、アドバイスをお願いします。
結局のところ、MCSは単なる連絡手段の1つに過ぎません。そこに血を通わせるのは「顔の見える関係性」です。豊中市では定期的に対面の活動を行い、研修会も開きますが、一番大切にしているのは押し付けにならないことです。強制されてやるのは誰だって嫌ですよね。利益に直結しなくても、患者さんのために、という誇りを持って活動してくれている仲間が豊中市にはたくさんいます。

また、MCSの運用に制限は設けていません。施設管理者の権限があれば職種を問わず誰でもグループを作成・管理できるようにしています。 医師はどうしても責任感や体裁を気にして、柔軟な発想が難しくなる場面があります。対して訪問看護師さんなどの多職種の方々は、非常に柔軟な視点を持っている方が多く「先生、まずはやってみませんか?」とフランクに巻き込んでいくのは、むしろ多職種の方々が得意とする分野だと思っています。患者さんの情報共有が必要だと思ったらグループを作成して必要なメンバーを招待して共有するようにしています。その方が連携しやすいと思います。
普段からの顔の見える関係作りを大事にすること、誰かに強制されるのではなく共通の思いを持ったもの同士が自然と自由に集まり目標に向かって手を取り合って進んでいくことが必要です。私たちの取組が少しでも皆さんの活動のヒントになれば嬉しいです。




