コミュニケーションツールが支える医療介護者の連携

96歳の腎不全・心不全患者を在宅医療で支える【後編】

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96歳の腎不全・心不全患者を在宅医療で支える【前編】

 96歳で心不全、腎不全の持病を持つ上條初枝さんと、娘のその子さん。病院・施設嫌いの初枝さんのために、入院せずに自宅で療養する方法を探っていたときに出会ったのが、山梨県上野原市で唯一の在宅療養支援診療所、上條内科クリニックの上條武雄医師だ。

 前編に続き、上條武雄医師が多職種連携のためのICTツールMCS(メディカルケアステーション)を在宅医療において、どのように活用されているかを紹介していきたい。

身体のむくみをきめ細かくチェックして、訪問治療の事前情報に

「今日訪問しました。爪先運動後も立ちくらみやめまいもないようです。初枝さん、いつものように元気です」と訪問看護師からのメッセージ。

すぐにその子さんから「ありがとうございます。来週もよろしくお願いします」と返信が入る。上條初枝さんを軸にしたMCSの患者グループのメッセージ画面は常に賑やかだ。

 上條医師の上條初枝さんに対する訪問診療は2017年の春から始まっている。当初は月2回だったが、2017年の10月からは毎週定期的に訪問診療するようになった。

 2017年11月からは連携する訪問看護ステーションの看護師も定期訪問を開始。週の初めには医師、半ばには看護師が訪問し、そのたびに病状を確認し、投薬や血液検査、皮膚や排泄のケア、必要に応じて点滴も実施する。こうして医療体制の基本は整った。

 上條医師の在宅医療方針は徹底したSNSによる多職種連携と、グループへの家族の参加も求めること。その子さんもMCSに登録したので、東京にいながらにして、必要に応じて情報共有できるようになった。

▲初枝さんの娘のその子さん

「上條先生は、血液検査の数値の変化などの細かい情報をその都度アップしてくれます。専門的で私たち家族にはわかりにくい数値もありますが、意味をかみ砕いてわかりやすく補足してくれる。それがとても助かっています。私も週末に実家を訪れて母の入浴介護をする際に、脱衣状態で体重を測定しており、その数字を共有するようにしています」

 さらにこの医療チームを支えるのが、介護系の職種の人々だ。なかでも重要なのはヘルパー職の役割。現在は2名体制で、毎日、朝・昼・晩の食事作りや掃除・洗濯などの介護・援助を続ける。

 ヘルパーは訪問するたびに業務報告書を作成するが、身体介護や掃除・洗濯・ベッドメイク・調理などの生活援助の記録の他に、体温、血圧、浮腫(むくみ)、酸素飽和度などのバイタルチェックも記録に残す。その業務報告書を氏名などの個人情報を伏せた状態で写真に撮り、毎回、MCSのグループにアップするのだ。

「初枝さんは腎不全と心不全を併発しています。疾患管理の上でもっとも重要な所見は身体のむくみです。むくみがあると、心臓に負担がかかっていると判断し利尿剤で尿の排出を促さなければなりません。しかし、利尿剤が効きすぎると今度は腎臓に負担がかかります。迅速でしかも微妙な加減が必要なのです。

 むくみがひどいときはその状態を写真で送ってもらったり体重を報告してもらうと、胸部レントゲン検査や超音波検査をしなくてもある程度病状を把握できます。また、診察の直前にご家族から目薬が足りない、下剤がそろそろ切れるなど、薬剤や医療材料の過不足情報も事前に寄せられれば、訪問する際の準備ができます。」と、上條医師は言う。

上野原市には市域の標高差の高い典型的な中山間地域。都市部と違って、車を使っても一日に何度も同じ箇所を訪問できない。訪問の前に情報が伝わることがきわめて重要なのだ。

マッサージ師、介護用品会社、歯科医もグループに参加

他にも、週に二度、それぞれ別のマッサージ師が自宅を訪問する。もちろん彼らもMCSグループのメンバー。マッサージ施術の前後に着衣状態での体重、体温、血圧、酸素濃度などを測定し、施術内容を書き込む。初枝さん本人からむくみやめまい、腰の痛みなどの訴えなどがあればそれも記入する。

介護ベッドの業者も、月に一度、ベッドの調整やレンタル料金の集金を兼ねて、上條家を訪れる。

「介護用品の会社の人も、部屋に入ったときはエアコンがついていた、扇風機も回っていたなどの細かい情報も寄せてくれます。それで、『ああ、今日は暑いけど、母は涼しく過ごせているんだ』ということが私の職場にいても手に取るようにわかります」とその子さん。

 さらに2018年6月からは、歯科医師が一人、連携チームに加わった。これで、医師、歯科医師、看護師、マッサージ師、ヘルパーなど総勢18名の多職種スタッフが、MCSに参加して上條初枝さんを支えているということになる。

「この数カ月で、母の体重が2~3キロほど減って食欲も少ない。入れ歯が合わないか、1本だけ残る自分の歯がぐらついていて、食事が美味しく感じられないのかもしれない。そう思ってMCSで相談したら、上條先生が紹介してくれました」

当然、歯科医の診療メモもMCSを通して、チーム全体に共有されている。

「初枝さんの場合は、こうしたMCSによる多職種連携を通して体重、浮腫、血圧、酸素飽和度などを毎日徹底管理することができています。そのためもあって病状は落ち着いている。入院の必要性は今のところ感じません」と、上條医師は話す。

患者の生きがいを損なわない在宅医療。地域全体で病気のお年寄りを支える

初枝さんの生きがいは裁縫だ。娘時代に裁縫教室に通った。子供たちが小さい時はその服を縫った。どんなときも、ベッドで寝ていても、左手の指につけた指ぬきは外さない。専用の眼鏡をかければ、96歳になっても針に糸を通すのは簡単。今は縫ったはんてんや、ちゃんちゃんこを近所の人に配る。市の文化祭にも出品する。自宅近くのお地蔵さんの前掛けも初枝さんのお手製だ。

「地蔵様が暑がったり、寒がったりすると可哀想だから、夏は浴衣、冬はちゃんちゃんこ、着物を着せてやるのが私の仕事、私の社会奉仕だ。縫い物は、上條先生がやってもいいよと言ってくれた。病院のベッドじゃできないけど、ここは自分のうちなんだから続けなさいって。それが嬉しかった。一日、家でテレビだけを見ているような生活は、私は嫌です。逆に好きなことをさせてもらって生きているんだから、ほんと、上條先生は私の恩人だよ」

患者の意思を尊重した在宅医療は、患者の生きがいを決して損なわないという点が重要だ。自分が何らかの形で社会に貢献していることを自覚するとき、患者の表情はいきいきと輝く。

「ホントに、母は病院にいるときよりも全然いきいきとしています。それができるのも、このチームのおかげ。家族に足りないところを、みなさんが助けてくれるし、MCSを使った頻繁なコミュニケーションで、お互いの信頼関係も深まりました。MCSが私たち家族に何をもたらしたかを問われれば、信頼と感謝——その二つの言葉に尽きますね」とその子さんも語る。

「この前、老人会の集まりに上條先生がいらして、年寄りを地域全体で支えることが大切だっていうお話をされたそうです。地区の役員やら民生委員さんやら、私の友だちやら、みんな地区の人が集まって、いい話を聞いたって。病気してもこういうふうにやれば家で楽にやれるよと教えてくれたって」と、初枝さん。

「医療・介護だけでは地域は作れない。行政、産業、教育分野などを含めたより広汎な連携が不可欠」というのが、上條医師の持論だ。地域社会の啓蒙活動もそのための重要な活動なのだ。こうした医療・介護の範囲を超えた連携でも、MCSは必ず役に立つという確信が上條医師にはある。

取材・文/広重隆樹、撮影/刑部友康、編集/馬場美由紀

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