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心臓の病気を持つ人が、安心して暮らせる社会を(東京/群馬)前編

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東京都心の高田馬場駅近くにある「ゆみのハートクリニック」は、渋谷と新大阪にもクリニックを構える在宅療養支援診療所だ。外来診療と訪問診療によって予防から看取りまで、2012年の開業以来、チーム体制での地域医療をサポートし続けている。開業間もない時期からメディカルケアステーション(以下MCS)を活用している同院では、昨年MCSを使って循環器疾患の患者をケアする医療介護従事者のためのプラットフォーム「ハートケアステーション(HCS)」をスタート。立役者の1人である看護師の高圓恵理氏(ゆみのハートクリニック 慢性心不全看護認定看護師)にHCS立ち上げの背景や意義、これからの展望などについて話を聞いた。 

▲左から弓野大氏(医師・医療法人社団ゆみの 理事長)、齋藤慶子氏(ソーシャルワーカー・ゆみのハートクリニック 在宅療養支援室室長)、高圓恵理氏(ゆみのハートクリニック看護師)、田中宏和氏(医師・ゆみのハートクリニック院長)、堀部秀夫氏(医療法人社団ゆみの 理事・最高経営責任者)

■PROFILE

高圓恵理(看護師)/ゆみのハートクリニック
大学病院などで心臓疾患をもつ患者に向き合う看護ケアの経験を経て、2015年からゆみのハートクリニック勤務。増悪を繰り返す心不全患者と接する中で、病院では見えてこない患者の生活の場で自己健康管理や退院後の生活調整支援など、その人に合ったサポートができるよう心がけ在宅・外来看護に従事している。慢性心不全看護認定看護師 、心臓リハビリテーション指導士。

心不全患者が増え続ける中で、在宅の受け皿が不足

 超高齢社会を迎えた日本では、高齢者の心不全が増加傾向にある。心不全は増悪を繰り返しながら症状が進行していくため、罹患すると長期入院になったり、退院しても再入院したりすることが多いのが特徴で、実際に入退院を繰り返す患者が後を絶たない。心不全とは、何らかの心臓の異常により心臓のポンプ機能が低下して体の隅々まで十分に血液を送り出せなくなった状態をいう。すべての心疾患の行く末がこの心不全であり、高血圧・糖尿病・高脂血症といった生活習慣病は心不全の高リスク因子であるといわれる。つまり、現在、日本中に心不全予備軍が多数存在しており、加速する高齢化によりますます患者数が増えることが予測される。増え続ける患者の長期入院や頻回な入退院という状況を放置すれば、限られている病院の病床や、すでに限界まで膨らみつつある医療費も圧迫してしまうため、再入院回避や在宅医療への移行など、早急な対策が必要だ。しかし現状では地域における心不全患者の在宅医療の受け皿は不足している。その原因のひとつに、地域には心不全を専門にしている医療介護従事者が少ないことが挙げられる。

「地域の訪問看護師さんと話していると、がんや神経難病の患者さんの在宅ケアは得意としていても、『循環器はちょっと難しい』と言う人がけっこう多いです」(高圓氏)。慢性心不全看護認定看護師の高圓氏によれば、心不全患者の在宅医療の難しさのひとつは、家族や本人だけでなく訪問看護師にとっても医師に報告するか否かの判断がつきにくいことだという。体重のわずかな増加など、生活上の細かい変化が病状の増悪に関連している可能性があるためだ。また、食事指導として塩分や水分の制限が必要なのだが、制限ばかりでは患者のQOLを維持できないため、指導するにも患者・家族への配慮や工夫が求められる。

 さらに、心不全の患者には実際に突然死のリスクもあるため「とても在宅で診るのは無理、退院できない」という先入観をもつ病院の医師や看護師も少なくないという。しかし、高圓氏は「地域の医療介護従事者に、もう少し心不全や在宅医療について知ってもらえたら、再入院を予防することができるのではないかと考えています」と語る。日常生活の場で増悪を繰り返す心不全こそ、病院ではなく生活の場である自宅での療養サポートが望ましい。多職種連携によって患者の生活情報をきちんと把握し、適切に投薬管理をしつつきめ細かく増悪因子を取り除くサポートを行うことが重要だという。これがまさに、ゆみのハートクリニックがモットーとして掲げている「心臓の病気を持つ人々が安心して暮らせる社会になるために」の考え方のベースである。

▲高圓恵理氏(ゆみのハートクリニック 看護師)

入院する前に地域でフォローしたいという思いで開業

 心臓の専門医として約15年間、都内の大学病院で心不全の患者を診てきた医師の弓野大氏(医療法人社団ゆみの 理事長)は、どれだけ病院で最先端の医療を施しても入退院を繰り返す患者が多いことに心を痛めてきたという。そうした患者たちが再入院することなくQOLを維持するためには、生活環境により近い場所で、患者1人ひとりに合った医療を提供することが必要と考え、2012年にゆみのハートクリニックを開業した。「みなさん、病気が悪くなってから入院するでしょう。けれども心不全の場合は悪くなってからの入院では遅い。どんどん悪くなり、悪くなるたびに病気の進行が早くなってしまうので、そうなる前に早めに介入したい、という思いがありました。在宅でも、外来でも、道端でも、とにかく入院前に地域でフォローさえできればいい。心臓が悪い人は病院ではなくて生活で診る必要があるのです」(弓野氏)。

 同クリニックでは、在宅医療は心不全の患者にとってあくまで選択肢の1つであるという考え方に立ち、外来診療も充実させている。外来の患者でも増悪すれば在宅へ移行し、良くなったら再び外来へ、というフレキシブルな対応も可能だ。都内の2つのクリニックで受け入れている在宅患者数は約800名で、それを支えているのが循環器専門医を含む約30名の医師、慢性心不全看護認定看護師を含む約15名の看護師、さらにはソーシャルワーカー、理学療法士、作業療法士などの多職種で、在宅医療では訪問看護ステーションや居宅介護支援事業所、薬局といった地域の事業所との連携も図る。そこで欠かせないツールとなっているのがMCSである。「私が当院に入職して今年で5年になりますが、その時からMCSを使っていました。かつて勤務していた大学病院などでは在宅医療における連絡は基本的に電話かファクスだったので、こういうツールを使うこと自体にびっくりしました」(高圓氏)。

 当初は院内の情報共有から始めたというが、少しずつ活用の幅が広がり、1例、また1例と患者グループが増えていった。前述の通り、心不全の患者をケアするためには体重の増減や食事の内容など、生活上の細かい変化を把握することが必要不可欠で、その意味でMCSの有用性は高い。同院では患者グループのほか、院内のさまざまなチームのグループ、他院とのグループなどを数多く作成して活用しており、中でも特徴的なのが大学病院の医師も参加して行われるMCSでの“入院前カンファレンス”だ。患者の自宅での様子を詳細に病院の医師に伝え、入院させるか否かについてMCS上でディスカッションを行うという。同様に“退院後カンファレンス”が行われるケースもあり、退院した後の様子を病院と共有する。「心不全の患者さんを診ている病院の先生方や認定看護師さんたちも、こういう連携の必要性をよく理解していて、積極的にMCSに参加してくれます。病院で実施される退院前カンファレンスに当院スタッフも参加しますが、病院・地域のスタッフ全員が同じタイミングに合わせるのがとにかく難しい。その点、MCSは自分の都合のいいタイミングで見られ、かつリアルタイムなので非常に効率的ですね」(医療法人社団ゆみの 理事・堀部秀夫氏)。

▲ MCSでの“入院前カンファレンス”によって、関わるスタッフ全員で患者にとっての最善策を探る

(中編につづく)

取材・文/金田亜喜子、撮影/池野慎太郎

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