コミュニケーションツールが支える医療介護者の連携

“患者家族との情報共有”による顧客満足向上への取り組み(神奈川・湘南慶育病院)

神奈川県藤沢市に位置する湘南慶育病院は藤沢市の「健康と文化の森地区」構想の中核となる病院で、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)と密に連携し、質の高い医療を地域に提供している。病床数は230床(約半数が回復期リハビリ)、診療科も多岐にわたる。SFCがインターネットの黎明期より最先端のコンピュータやネット環境を取り入れてきたこともあり、湘南慶育病院も2017年の開院以来、ICTを活用した様々な医療サービスの構築を特長の一つに掲げてきた。そのなかで、主に入院患者・家族とのコミュニケーションツールに使われているのがメディカルケアステーション(MCS)だ。回復期リハビリテーション病棟を備え、高齢の療養患者が多いこの病院で、MCSはどのような役割を果たしているのだろうか。

▲左より理学療法士・久保雅昭氏、看護師長・滝澤のり子氏、医師・若木美佐氏、看護師・熊山いく恵氏、看護師・堀池くるみ氏、システム担当・柏木雄太氏

“患者側タイムライン”のみの運用でサービス向上に努める

 ITを病院と患者・患者家族のコミュニケーションに活用することに積極的に取り組んでいる湘南慶育病院。そのツールとしてMCSが選ばれたのは、開院当時の院長であった松本純夫氏から提案があったからだという。松本氏は内閣官房・次世代ICT基盤協議会委員や官民データ活用推進基本計画実行委員会委員を務めた関係で、以前からMCSに精通しており、入院中の様子を家族に知らせることができれば患者や家族の満足度がより高くなると考えた。また救急外来を受診した患者に翌日メール等で状態を確認すると、その後の死亡率を減らせるというデータがあることから、将来的にはそれも含めて、患者・患者家族と病院が繋がれればという構想もあった。現状では、家族とのコミュニケーションをより良くしたいという目的を最優先にし、医療・介護側タイムラインは使用せず、すべて患者側タイムラインのみの運用を行っている。MCSを紹介するのは急性期病棟を除いた200床が対象となる。

 当初、家族が遠方にいるケースが多いのでは、と想定していたが、実際に使い始めてみると、近隣に居住していることが多かったという。とはいえ仕事の関係で頻繁に来院して様子を知ることができなかったり、遠方にいるキーパーソン以外の家族が様子を知りたいという場合もあったりして、患者の様子が病院からダイレクトに伝わるMCSは、患者家族にとても評判が良いそうだ。

 開院時からMCSを導入することが決まっていたため、まずはスタッフが操作に慣れるところから取り組みがスタートした。「MCSの自由グループ機能を使ってまずは院内の委員会のグループを登録し、MCS上に議事録をアップし、それを見てもらうことで操作に慣れてもらいました」(システム担当・柏木雄太氏)。患者家族の運用が開始されても、登録だけで終わってしまったスタッフがいたり、患者・患者家族に案内しても、スマホやタブレット、PCの操作ができない・慣れていない高齢者が多かったりなど、登録まで至らないということもままあった。「実際に利用した患者さん家族の満足度はとても高いので、もう少し登録者を各病棟で増やせないかと『MCS委員会』が設けられ、サービスレベルアップのための改善策の検討を始めました」(医師、MCS委員会委員長・若木美佐氏)

MCS委員会のメンバーは委員長の医師・若木美佐氏、全体の管理として看護師長の滝澤のり子氏、各病棟から看護師1名、システムの柏木雄太氏、理学療法士の久保雅昭氏の全部で9〜10名。委員会設立後は、病棟の看護師が入院患者・患者家族にMCSについて説明し、登録後はシステム担当者が具体的な操作方法を説明するというフローが整備され、より細やかにフォローできるようになった。

入院中の様子が伝わり、希望も言えて安心感がアップ

 入院患者家族と繋がるためという目的がはっきりしている湘南慶育病院。これまでMCSを利用した患者グループ数は累計で40名分で、現在は6名の患者グループが使用されている。具体的にどのようなコミュニケーションが取られているのか、いくつかの事例を紹介しよう。

●家族が普段見られない患者の様子をアップ

「療養病棟には、胃ろうや鼻にチューブが入っていて、意思疎通が難しい患者さんもいます。家族がお見舞いにくる時間だと、ほとんど寝てばかりということも少なくありません。お風呂に入れてもらったり、リハビリの時間には座ったりという場面を、家族はあまり知らないこともあるんです。例えば”今日こうやって座ったんですよ””散髪してもらってさっぱりしました””車椅子で散歩に行ってきれいな風景を見ました”など、メッセージとともに写真をアップすると、家族も安心されますね。お誕生日をお祝いしている様子を送ったこともありました」(若木氏)

▲日常の様子についてのMCSでの家族とのやりとり

●キーパーソン以外の遠方の家族とやりとり

「キーパーソンになる夫は近くにいるものの、ITツールは使えない。少し遠くにいる息子さんは使えるので、入院中の母やキーパーソンの父の様子を知ることができるならと、息子さんがMCSの患者グループに登録されたこともありました」(看護師長・滝澤のり子氏)

●家族からの要望がMCSを介して伝わった

「トイレに自分の力で行けるようにして欲しいという家族の希望があり、”こういうリハビリでトイレに行ける訓練をしています”と画像や動画をお送りしたケースがありました。家族からお家で一緒に過ごしているペットに会わせてあげたいという希望に、主治医と相談して環境を整えペットと会うことができたケースもあり、患者さん、家族にとても喜んでいただけました。家族との関わりで患者さんの気持ちに気付くこともあります。今までは家族が面会の際に病棟でスタッフに伝えなければ伝わらなかったことも、MCSを介してつながることができることは”安心”や”満足”を提供する上でとても有効だと思います」(滝澤氏)

▲リハビリの結果、シルバーカーで歩行できるようになった様子を画像で家族に伝える

●退院後の状況も把握できた

「退院後も1〜2カ月ほどMCSでのやり取りが続き、”お祭りに行きました”など写真を添えて送ってくれた患者さんがいました。私たちも退院後の姿をなかなか見る機会がないので、うれしかったです。退院後のMCSでのやり取りをどこで止めるかというのが一つ悩ましいテーマではあるのですが、この患者さんの場合は、入院患者との連絡ツールなので退院後は利用できなくなるということと、今後何かあれば相談室に連絡ください、とお伝えして快くフェードアウトができました。退院後、無事に過ごされている様子もわかっていたので、終わりやすかったですね。他の患者さんも基本的には退院後1〜2カ月でMCSの利用を終了する運用にしようと考えています」(滝澤氏)

▲退院後の様子がわかると安心してやり取りを終了できる

●リハビリの様子、家の状況などがひと目でわかる

「リハビリをして座れるようになった、歩けるようになったというのは、リハビリの様子の動画をアップするとひと目で伝わります。退院準備に向けて打ち合わせする時の日程調整もMCSで行えるので、電話や現像写真でやり取りしていた頃に比べると、時間も手間も大幅に軽減できました。退院準備で家の構造や段差を確認する際は、家族から写真や映像をアップしてもらうなど、ケアマネや家屋改修業者との打ち合わせに必要な情報が短期間で揃うようになりました」(理学療法士・久保雅昭氏)

「退院に向けて家の状況などを調査する際、退院準備のためだけに登録したケースもありました。手間が省けてトラブルも回避できますし、時間も短縮できますので、スムーズな退院に繋がりますね」(滝澤氏)

「MCSに登録している患者さんの場合、直接話をしていなくても状況がよくわかっていますので、年末年始に外泊したいという家族の希望があった時も、すんなりと許可が出たこともありました」(柏木氏)

このほか、リハビリで入院したばかりの患者が、休日で主治医がいない時に胆嚢炎の症状で別の病院に救急搬送された際、治療後「そろそろ戻れそうだ」という情報を、搬送先の病院から連絡が来る前に家族がMCSで知らせてくれたことがあった。毎日のように病院に家族が来ていても、医師の出勤時間と合わずにすれ違いになったり、休日に当直医によって看取られたりするケースもあるが、「これまでありがとうございました、おかげで心の準備ができました」と家族がお礼のメッセージをMCSで伝えてくれたこともあったという。

医療者が忙しそうにしているので、家族は病院に来たとしても話したいことも言いづらい環境もあるが、MCSによってお互いにコミュニケーションがしやすくなったという。遠方の家族にも病院での患者の様子が伝わるようになったなど患者家族の満足度に貢献しているのはもちろんだが、これまでの経過が可視化できたり、スタッフと患者家族との連絡が楽になるなど、病院側にもメリットが生まれている。「わざわざ仕事を休んで時間を作ってもらうほどではない病状変化時の状況報告にも使え、日々コミュニケーションをとっておくことで急変時などの受け入れ、理解がスムーズだったこともある」(若木氏)。

課題をクリアするための取り組みも

 2017年11月の開院以来、試行錯誤を重ねながらMCSによる患者・患者家族と病院のコミュニケーション強化に努めてきたが、約1年2カ月経ち(取材時)、いくつかの課題も見えてきた。

例えばグループに登録する病院側のメンバーをどの範囲までにするか。いくつかの事例を経て、現在は主治医、病棟の師長、プライマリーナース、MCS委員会所属の看護師、病棟の看護師、リハビリ担当者、システム担当者、場合によってソーシャルワーカーというメンバーで構成することになった。

負担が特定の人に集中しないようにすることも大切だ。実際に書き込むのはプライマリーナースを中心とした看護師だが、「2週間やりとりがないと満足度の低下に繋がるので、ノルマにはしていませんが1週間に1〜2回、状況を知らせる書き込みをするのを目標にしています。特定の看護師に質問が集中するような1対1のやり取りはせず、家族から質問が書き込まれた場合は、1人に負担が集中しないよう、内容によって主治医、リハビリ担当者など、誰がいつ返事するのかを相談しながら運用しています。主治医が返信することもあります」(若木氏)。急性期病棟とは異なり患者の入院期間が長く、比較的ゆったり見られる環境のため、週に1〜2回の連絡ならあまり負担を感じることがないという。「患者家族との関係性を保つための良いツールになっていると思います」(若木氏)

 看護師からは書き込む頻度だけでなく、書き方についての戸惑いの声も挙がった。「文面でのやり取りになるので、言葉の選択が難しいと思うことはあります。いろいろな人が見ているので、どんなことを書けばいいのかと。でも患者さんがこんな風に頑張っているというのを、家族が知って喜んでもらうと、やはりよかったなと思います。せっかく面会に来られても会えずに伝えられなかったこともありますから」(看護師・熊山いく恵氏) 実際のやり取りがスムーズに進むよう、利用開始時と終了時に定型文面の挨拶・メッセージをMCSで送ることも検討されている。「この画面上でやりとりをすること、個人とのやり取りはしないこと、全員がずっと見られる環境にないのですぐに返事はできないこと、どれくらいの頻度でやりとりをするか、読んだら了解ボタンを押してほしいこと、緊急時の連絡は電話で、など、いわゆる注意事項を柔らかいニュアンスで伝えられるよう文面を調整しているところです」(柏木氏)

 スタート時もそうだが、いつ終了すればいいのかを判断するのも難しいという。「退院後、そのまま在宅に引き継ぐので患者グループを残しておいたほうがいい患者さんもいますし、すぐに当院との関係が終わる方もいます。亡くなられる方もいます。患者さんや家族の気持ちに寄り添いながら、MCSでのやり取りはここまでで、何かあれば相談室へというようにルールが決まっていると、運用しやすくなると思います」(熊山氏)

 在宅患者の多職種連携のために使われることが多いMCSだが、元々は患者や患者家族と医療・介護者のコミュニケーションをより良くしたいという開発者の思いが原点にあった。湘南慶育病院のような使われ方は、一つの理想と言えるだろう。退院後に在宅医療へと移行する患者の場合、必要に応じて関係機関と連携できれば、患者家族に安心感を届けるだけでなく、インフォームドコンセントが取りやすくなったり、提携している訪問看護・リハビリテーションサービスと結ばれることで、医療から介護までシームレスに情報提供ができるようになったりなど、今後の広がりにも期待したい。

取材・文/清水真保、撮影/千々岩友美

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