医介連携に不可欠な医療データ活用とICT活用(東京・目々澤醫院)後編
「東京総合医療ネットワーク」の立ち上げに尽力
目々澤氏は2011年から東京都医師会理事を務めているが、医師会においても長く医療情報のICT化に尽力してきた。大病院が多い東京では、急性期には都心部の大病院に集中し、病状が落ち着いて慢性期になると自身の地域に戻って療養を続ける傾向があるため、区や市をまたいだ東京全体のネットワークが必要だ。しかし実際にはなかなかうまくいかない。「今から15〜20年前ぐらいは日本の電子カルテはけっこう先進的だったと思うのです。しかし、そのあと小さい地域ごとにバラバラにネットワークを作ってしまったのがいけなかった」(目々澤氏)。2014年の時点で都内にある500床以上の病院のうち約4割が電子カルテを導入していたが、地域医療の連携に活用されているのはそのうちわずか2割にとどまっていたという。各自で電子カルテの導入を進めたためにベンダーはまちまち、とても連携どころではなかったのだ。そこで東京都医師会では目々澤氏が中心となり2015年に地域医療連携システム検討委員会を立ち上げた。検討を重ねた結果、HumanBridge(富士通)とID-Link(NEC)のデータセンターをIHE規格で繋ぎ、異なる地域医療システム間であってもある程度の情報を相互に閲覧できるネットワークの土台を作る。これを「東京総合医療ネットワーク」と名付けて2017年には運営協議会を設立、都内の全病院に対して積極的に参加を呼びかけた。
本格的に同ネットワークの運営がスタートしたのは2018年4月のことだ。現在ベンダーを超えて共有可能な項目は処方、注射、検査データで、今後はこれにアレルギー、病名なども加わる予定だ。このネットワークシステムがうまく機能すれば、病院同士の連携はもちろん、病診連携、医介連携はよりスムーズになり、医療介護者にとっても患者にとってもメリットは大きいだろう。目々澤氏自身も同理事会の理事兼同運営委員会の副委員長として積極的に普及に努めているが「乗り越える壁が多く、なかなかうまく進まないのが実情です。“セキュリティ”の一言で断る病院が山ほどあります」。目々澤氏から見ればそれは言い訳に過ぎず、本気でセキュリティを考えているならそれなりに対応できるはず、と手厳しい。わからないものにはなるべく手を出さない、という意識そのものが変わらないかぎりは、前に進むのは容易ではない。
医介連携の現場ではBYODであることが望ましい
もうひとつ、目々澤氏が声を大にするのは医療介護現場におけるBYOD(Bring Your Own Device:業務にあたり個人所有の端末を使用すること)の必要性である。厚労省による『医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第5版』(2017年5月)では、BYODを原則禁止としているが、目々澤氏はこれに対し「普段使っている端末で使えないシステムは、医療介護連携では役に立たない」と強く異を唱えている。ここでも立ちはだかるのは“セキュリティ”の問題だ。情報漏れのリスクを防ぐために、同一端末内で安全性が担保されない一般のSNSアプリなどを利用できないよう、端末を制限すべきだという。しかし、実際に専用端末をスタッフ全員に支給するとなると費用がかさみ、個人経営のクリニックや小規模な介護事業所にとっては現実的ではない。
「それに、必ずしも職場支給の端末が安全とはいえません。実際に2台のスマホを持ったら、多くの人は自分のスマホの方を大事にするでしょう。下手をすると職場支給のスマホはロッカーに置きっ放し、なんていうことも起こりうる」(目々澤氏)。また、デジタルネットワークのセキュリティ技術は日進月歩であり、パソコンやスマホのOSを常に最新の状態にアップデートしておくことが安全対策の基本なのだが、職場の端末はアップデートされることなく放っておかれることが非常に多く、逆に危険なのではないかと指摘する。目々澤氏自身は現在、院内のデスクトップPCとスマホ、タブレット、ノートPCの、どの端末からも同じ医療情報を読み書きできるようにしてある。非常に便利なマルチデバイス環境であり、仕事をこなすにはこうした機器は必要不可欠だが、スマホについては個人用にも1台用意しているため、常に2台のスマホを持ち歩いているという。「こうしたデバイスを駆使して、多職種が患者さんの細かい変化をとらえ、その情報をやりとりするのが医療介護連携の肝だと思うので、普段使いの端末を使っていることが患者さんの不利益になることはないと私は信じています」(目々澤氏)。いかにしてBYODで安全に医療情報をやりとりするかがポイントであると言い、それに対する有効な解決策としてブラウザのレベルでセキュリティを確保する方向で、現在模索中だ。ただ、このように新たな解決策を講じるには現在無料のサービスを一部有料化するなど、ある程度ユーザーに負担がかかることは避けられないかもしれない。
日本の医療情報ネットワークが進むべき道は?
現場の課題や要望なども十分に理解しながら、医師会理事として発言力のある立場でもある目々澤氏に、これからの医療情報ネットワークが進むべき方向性について改めて聞くと、そもそも「医療データはだれのものか?」という問題に帰結するという答えが返ってきた。「医師が患者さんを治すのではなく、患者さん自身がきちんと情報を手に入れた上で医師の診断を理解して、はじめて病気がよくなるのです。患者さんのデータを扱う上では、その基本概念を忘れてはいけません。医療データはあくまでも患者さんのものですから、必要なときに自分でも見られる、見せたい人にも見せられる、という状態にしておくべきだと私は考えています」。具体的には国が基本となる安全なデータベースを作っておき、そこにある情報に各ベンダーがアクセスできるようにすればいいのではないか、という。それが実現できれば、無駄な治療や投薬を減らすことにも繋がり、患者のヒストリーは正確に残る。ただ、MCSでやりとりするような日常のコミュニケーションまで医療情報のデータベースに記録しておく必要はないので、そこは切り分ける工夫が必要だろう。
いずれにしても、今後望まれる地域包括ケアの現場では、PHR(Personal Health Record=生涯型電子カルテ)を有効活用する情報共有システムと、多職種と患者も含めたコミュニケーションを図るツールの両方が必要で、それが同じプラットフォームで利用できるのが望ましい、と目々澤氏は話す。また、医療情報のネットワークにおいては前述のように地域ごとにバラバラの成り立ちということもあり、画像データの共有がしにくい環境だといい、ここにも改善の余地がある。「テキストデータも画像データも、簡単に送受信ができるというMCSの世界が、そのままどんどん広がって、それで患者さんの健康を維持するのに有効活用できたらいいなと思っています」(目々澤氏)。目々澤氏が推進する東京総合医療ネットワークが全国の先駆けとなり、安全かつ便利で患者に役立つ医療介護連携ネットワークシステムに成長していくことを願う。
取材・文/金田亜喜子、撮影/千々岩友美