コミュニケーションツールが支える医療介護者の連携

96歳の腎不全・心不全患者を在宅医療で支える【前編】

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96歳の腎不全・心不全患者を在宅医療で支える【後編】

 東京の奥多摩や神奈川県相模原市と境を接する人口2万3000人の町、山梨県上野原市。市内で唯一の在宅療養支援診療所が上條内科クリニックだ。上條武雄医師は在宅医療を志すにあたって、多職種連携のためのICTツールの活用が有効であることに早くから気づいていた。それをスムーズに進めるために、「メディカルケアステーション(MCS)」はいまや欠かせないツールになっている。またMCSを通した豊富な情報共有が、離れて住む家族にとっても最大の安心材料になっている。
 今回は、96歳で心不全、腎不全の持病を持つ患者さんとその家族にスポットを当て、多職種連携による在宅医療において、MCSがどのように活用されているかを前後編2回に渡って紹介していきたい。

患者家族を巻き込んだ在宅医療体制を構築

 上條内科クリニックは在宅医療支援に特化した診療所だ。通常なら入院治療が当たり前のような疾患を持つ高齢者をあえて在宅で診療し、ひいてはその看取りまで責任を持つためには、医師、歯科医師、訪問看護師、ケアマネージャー、ヘルパーなどの多職種がきめ細かなサポートをする必要がある。

「在宅医療に専門で取り組んでいるのは上野原市では私一人です。現在60数名の患者さんがいて、新規の依頼も少なくありません。医療・介護連携が進むにつれて看護師、ケアマネなどのスキルが向上し、私ができないことを埋めてくれるようになれば、患者受け入れのキャパシティはもっと増えるかもしれない。しかし、そうはいっても最後の砦は私一人。もし私が辞めれば、私の患者さんは施設入所や入院・通院に戻らざるを得ないというのが地域の現状です」と語る。

▲上條内科クリニック 上條武雄氏

 もともとは生まれ故郷の上野原で地域医療に取り組みたいという思いもあり、2003年に慈恵医大を退局後、地域医療の経験を積むために上野原市立病院(当時は町立病院)に勤務した。そこで強く感じたのは、末期を自宅で迎えたい患者や家族のニーズに、地域の病院が必ずしも応えきれていないことだった。
「老衰の患者さんが心臓マッサージされながら、病院に緊急搬送されてくるのを何度も見ました。なぜ自宅で看取ることができないのか」という懸念は頭から離れることはなかった。

 曲折あって2011年、在宅医療支援に特化した「上條内科クリニック」を上野原市で開業。横浜市の診療所勤務時代から活用していた多職種連携ツールをここでも導入した。その一方で、上野原市や地域の医師会にもツールの導入を働きかけ、市が正式に推奨するにあたって選ばれたのが、エンブレースのMCS(メディカルケアステーション)だった。

 現在、上野原市で上條医師の提案・指導のもと、多職種連携にMCSを使っている職種は、医療系では医師、歯科医師、訪問看護師、薬剤師、リハビリ専門家、介護系ではケアマネージャー、介護ヘルパーサービス責任者、デイサービス、ショートステイ、特養、有料老人ホーム、サ高住、福祉用具会社、訪問入浴、訪問リハビリ、訪問マッサージの専門家など、医療・介護にかかわるほぼすべての職種に及ぶ。

 特徴的なのは行政職として、上野原市の地域包括事業支援センターに属する社会福祉士、保健師、社会福祉協議会に属する生活支援コーディネーターなどもMCSの患者タイムラインに参加していることだ。

 こうした多職種の広がりと共に、在宅医療の現場では、患者家族の協力が欠かせない。MCSのグループに家族が参加することは、上條医師の在宅医療の原則にもなっている。

「私の方針として、患者家族を原則入れるようにしています。患者と一緒に住んでいない、海外在住の家族でもMCSのタイムラインを見ることで、患者の状態をあたかもそばで看ているかのように把握することができるようになる。場合によっては同居家族より、遠隔地に住んでいる家族の情報量の方が多いというケースもあります」

病院・施設嫌いの96歳。在宅療養でありながら、家族の負担を軽減する情報共有

上條初枝さんは大正11年生まれの96歳 。生まれ育ちも上野原市。もともとこのあたりは養蚕業や絹織物が主産業で、上條家もかつては機織りを生業としていた。初枝さんには心不全、腎不全の持病があり、8年前までは市立病院に入院、その後も通院を続けていた。

その時の主治医が上條医師だった。しばらくは母屋で夫と二人で暮らしていたが、現在は夫が亡くなり、一人暮らしに。離れには長男一家が所帯を持ち、つかず離れずその様子を見守っているとはいうものの、病気治療にあたっては医療職の介入が不可欠だった。

「私は東京都内に住んでいるのですが、月に一度は仕事を休んで、母を病院に連れて行ったりしていました。しかし、母も膝を悪くし、歩行器なしでは家の中も歩けないような状態で、通院も徐々に困難になりました。一方私たち家族も仕事が忙しくなって、そう頻繁には仕事を休めない。じっくりと母の療養支援に専念することができなくなっていったのです」と言うのは、娘のその子さんだ。

 この際、長期入院してじっくり治療するという選択肢がないではなかったが、その入院を頑なに拒んだのは、初枝さん本人だ。

「数年前に 3カ月間入院したことがあったけど、ベッドの上で毎日天井ばかり見ているような生活に嫌気がさした。隣の人と話もしない。家族は見舞いに来ても、すぐ帰ってしまう。梅干しが欲しいと思っても、家にいれば誰かに気軽に言えるけれど、病院ではそうはいかない。もう金輪際、入院はしたくない」と初枝さんは語気を強める。

 初枝さんの施設嫌いは徹底している。「デイサービスは近所のお友達も通っているし、私も誘われるけれど、千代紙を折ったり、話を聞いたりするだけだから面白くない。うちが一番いい。ただね、みんな長生きしろ、長生きしろとはいうけれど、老人が百歳近くまで生きると家族の骨が折れるよ。それでいて病院や施設は嫌だと言うんだからねえ。私、わがままだね」と笑う。

 そんな折、その子さんは、一家の主治医だった上條医師が同市大野にクリニックを開業したことを聞きつける。年賀状を送ると、その返信の代わりに、上條医師自身が自宅を訪問してくれた。

「上條先生には、入院せずに自宅で療養する方法はないかと相談しました。医師、看護師、ヘルパーさんなどでチームを組めば大丈夫。自宅で点滴を受けることもできると話してくれました」(その子さん)

取材・文/広重隆樹、撮影/刑部友康、編集/馬場美由紀

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