コミュニケーションツールが支える医療介護者の連携

「在宅患者500人の安心」と「医師の負担軽減」、両立への取り組み(ドクターゴン鎌倉診療所)

20年以上前から積極的に在宅医療に取り組んでいるドクターゴンは、全国でも在宅医療の先駆者的存在だ。高齢化が進む鎌倉に、沖縄県の宮古島に続いて診療所が開設されたのが2004年。今では在宅患者500人を抱え、鎌倉エリアの地域医療を担う第一人者となっている。しかし患者数が300人を超えた頃から、連携する事業所からの問い合わせが急増。何とか負担を減らせないかとICTツールの導入を決めたものの、2年後の2017年9月に導入した最初のツールをメディカルケアステーション(MCS)に切り替えることになった。なぜそうなったのか、新しいツールとしてMCSが選ばれた理由、そしてMCSを採用したことでどのようなメリットが生まれたのかを紹介しよう。

▲後列左より時計回りに事務長・岸本正人氏、院長・今井一登氏、医師・天野久仁彦氏、医師・久島和洋氏、看護師・田谷美幸氏、事務・四釜遥氏、ソーシャルワーカー・小野貴子氏、事務・井上智子氏、事務・桐生梓氏。医師、臨床工学技士、ソーシャルワーカー、看護師、外来看護師、事務と多くのスタッフが訪問診療を支える

この記事のポイント!

・ドクターゴン鎌倉診療所は在宅患者数約500名、連携事業所数130超と大規模
・連携する事業所からの問い合わせ減少を目的にICTツールを積極的に導入
・セキュリティ観点から2年前にICTツールをMCSに変更
・MCSの「ルーム機能」を活用して医師の負担を軽減し、診療時間を確保

ICTツールにまず求められるのは強固なセキュリティ

 鎌倉市では65歳以上の人口が31.1%(平成30年1月1日現在)と高く、在宅医療のニーズも年々増えている。ドクターゴン鎌倉診療所でも在宅患者数が500人に迫り、居宅介護支援事業所36、訪問看護ステーション34、薬局34、鍼灸・マッサージ5、介護事業所2、施設(グループホーム等)8、訪問入浴1、デイサービス4、歯科5、病院1、診療所1と、計131の事業所と連携している(平成30年11月現在)。「在宅の患者数が300を超えたあたりから、薬局など、他事業所からの電話やFAXの問い合わせがかなり増えてきました。何とかそれを減らせないかと考えていたところ、学会でICTツールのことを知り、うちでも使えるのではないかと、導入しました」と事務長の岸本正人氏。ツールを使い始めたのは2015年で、”問い合わせを減らしたい”という当初の目的はすぐに達成することができた。にもかかわらず、2017年の9月にMCSに切り替えることにしたのには大きな理由があった。「一番ネックになったのは、セキュリティですね。数多くの患者情報をアップしているのに、最初に導入したツールは心配なところが多かったんです。そこで他社と色々比較検討し、セキュリティ面で安心できるのは完全非公開型の医療介護専用に開発されたMCSだと判断しました」

▲ICTツールの選定・導入を推進した事務長・岸本氏

 デリケートな情報を多々扱う医療・介護のICTにとって、セキュリティが強固であることは必須。MCSは厚労省の「医療管理システムの安全管理に関するガイドライン」に準拠したICT環境など、セキュリティ体制が万全に整っていることが採用の決め手となった。

 多数の患者グループを抱え、100を超える事業所が利用中の旧ツール。移行がスムーズに実行できるかという懸念は当然あったことだろう。しかし心配していたような大きなトラブルもなく、わずか1日で100を超える事業所の切り替えが完了できたという。「各事業所さんに案内を出したり、説明会を開催したりという事前準備をしましたが、データ切り替えの登録自体はエンブレース社にお願いしたので、本当に1日で切り替えてMCSの利用を始めることができました」。導入後、連携する事業所からのFAXは極端に減り、電話での問い合わせも即時対応を必要とする緊急時のみとなった。

多職種のスタッフが気軽に書き込める環境づくりも重要

「前のツールに比べると使い勝手もいいです」と言うのは医師の久島和洋氏。「以前は患者名での検索ができないというか、すごく大変だったのですが、MCSは検索機能が充実しているのでスムーズに探せます。以前は書き込んでから送信するのにワンクッション必要でしたが、MCSはすぐに送信できる。普段から慣れ親しんでいるSNSと同じ感覚で使えるので、事業所のみなさんも使いやすかったようです」。とはいえ、事業所側に書き込むことへの心理的なハードルはあるらしい。「私が書き込む時は、1行だけのことも多いですよ。パソコンを開いている時はメッセージが来るとポップアップされるので、カルテを打ちながら記事を読んで、短文で返信する。私の負担も軽いですし、気軽なやり取りでいいんだと感じてくれればと思っています」

▲久島氏からの返信。必要時以外はなるべく短くしている

 一生懸命書いてくれる分、事業所からの報告はどうしてもボリュームが多くなり、初めてやり取りを見るユーザーがプレッシャーを感じることもあるだろう。「せっかく連携ができても、ハードルが高いと思われると続かない。とにかく気軽に連絡してもらえるようにという気持ちでやっています」(久島氏)。他事業所からすると、同じ職種の人がどんな書き込みをしているかを見る機会はほぼないので、何を書けばいいのか躊躇してしまうのでは、とも久島氏は言う。「一度書き込めば、実は何の問題もデメリットもないということが分かってもらえるのですが、最初の一歩がなかなか難しいようです」

▲佐賀医大の胸部心臓血管外科から宮古島のドクターゴンに入職し、その後鎌倉診療所に移ったという久島医師

 岸本氏も新しい事業所に参加してもらうときは「最初は何も書かなくていいです。うちが多職種に必要な情報は全てアップしますので、分からない場合に、”分かりません”と書き込む程度でOK」と説明する。「うちが全てをオープンにしていますし、ほかの事業所が書き込んでいるのを見て、徐々に新しく参加された方々も書き込んでくれるようになります」。現場で顔を合わせたことがきっかけで、ケアマネジャー(以下ケアマネ)が書き込みを始めてくれたこともあった。「直接会うことの大切さを感じました。とはいうものの看護師、薬剤師などは現場でも会う機会が少ない。それでもちゃんと連携が取れているのはICTのおかげ。ICTがなければ連携できないということはないですが、連携強化の一助となったのではないでしょうか」と久島氏。薬局や薬剤師のケースだと、目の前の患者や患者家族から「この薬は前に飲んだ時にアレルギー症状が出たので変更してほしい」「この薬は粉砕が希望」などと言われた場合、電話で問い合わせが来ることもあるが、薬の日数調整などの相談は書き込んでもらえば対応できることも多い。

 久島氏がもう一つ心がけているのは、なるべく早くレスポンスをすることだ。「例えば午前中に訪問看護、午後から私が診療の時など、看護師の書き込みを確認した上で患者宅に行き、”午前中はこうでしたね”とお話しすることで、きちんと連携が取れているんだなと患者やご家族が安心できます」。看護師から「もうすぐ時間外になってしまうので褥瘡の画像だけタイムラインに送るので内容を確認ください」という電話があり、久島氏がスピーディに対応できたケースもあった。MCSがなければ時間外の対応や二度手間になっていた。

▲褥瘡に関するやりとり

 多職種の書き込みが増えるにつれ、お互いが持つ情報の共有がスピーディに、スムーズに進むようになったと久島医師は言う。「臨床工学士が人工呼吸器の設定や、読み取ったデータをアップしているので、変更を指示すればすぐに共有できます。持続皮下注射や高カロリー輸液の点滴も、量の変更などについて医師が書き込めば全看護師にすぐに連絡できます。栄養士が、SOAPに基づいた経過観察記録を記載しているのも他職種全員で共有できるんです」。

ルーム機能を活用し、ドクターの負担を軽減

 ドクターゴン鎌倉診療所がMCSの機能で特に活用しているのがMCS独自の “ルーム機能”だ。ドクターが入っているグループと、ドクターが入っていない「ドクターゴン記載欄」の2つのルームが患者ごとに設定されている。後者はドクターゴン専用の記載欄で、ドクターの見立て・処方情報だけが一つにまとめられて入っており、他事業所は書き込まないルール。それを時系列に閲覧できるので、なぜこの薬が処方されているのかなど、情報を共有できることで多職種からの問い合わせ数も減り、安心にも繋がっている。これは患者家族にとってもメリットが多い。例えば、以前は多職種のスタッフが患者宅を訪問するたびに「先生はなんとおっしゃっていましたか?」と質問するため、何度も同じことを答えることが家族のストレスになっていたが、それがなくなった。

 また岸本氏によると、ルーム機能はドクターにとってもかなりの負担軽減に繋がっているという。「事務側がカルテの所見欄、診療の内容のうち、多職種に共有したい情報を一つにまとめてコピー&ペーストし、そこに事業者からの書き込みでドクターに必要な情報を色を変えて付け加えています。ルーム機能で分ける前は、ドクターが記載したカルテをMCSにアップすると、それがドクターにも通知されてしまう。でも本来、見る必要のないものですよね。それがなくなるだけで1日に100件以上あった通知が半分ほどになりました。通知が減ったのはもちろんですが、カルテにまとめてくださっているのが、すごく助かっています。薬剤師から”薬が足りなくなるので次回これを処方してください”という書き込みがあっても、それを覚えておくのが大変なんです。でもカルテに色を変えて転記してくれるので確実に対応できます」(久島氏)。事業所側にとっても、ドクターの見立てをまとめて見られることが不安の解消に繋がる。例えば血圧が高いけれど様子を見ていいのかなど、多職種で判断できないことも、カルテを確認すれば、問い合わせする必要がなくなるのだ。

▲大切な情報はすぐわかるように色分けされている

 事務側の作業が増えていることは事実だが、その手間をかける価値があると岸本氏はいう。医師が患者を診る時間を少しでも多く確保でき、情報の連携がスムーズになることで患者や家族が楽になるからだ。「実は宮古島時代に、私の祖母を泰川理事長に在宅で看取っていただいたんです。その頃はMCSもなく、私がキーパーソンになって、看護師、ケアマネ、薬剤師全てに連絡をしていたんですね。その時、在宅というのはこんなに医師の方針が各事業所に伝わらないものなのか、こんなに大変なのかとすごく感じました。診療所から各事業所に発信して連携するICTのシステムがあると、患者も家族も本当に楽になる。医師が毎週行きます、看護師が週2回行きますという回数の約束ではなく、関係する多職種がみんな一つになって見守っているということが信頼になる。そういう意味では患者家族が入るグループも作りたいですね。治療方針が伝わりますし、問い合わせの多い患者の場合、情報を見ることで問い合わせ件数が減ることも期待できるので」(岸本氏)

スタッフからの情報が導入前よりも増え、多面的な見方ができるように

 MCSでの情報共有は、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)にも生かされていると久島氏は実感している。「主に書き込んでいるのは、患者やご家族と接する時間が長い看護師です。私が訪問診療に伺った時にそれを踏まえてお話しすることもありますし、”ご家族が今後のことについて不安がっているようです”という書き込みがあれば、詳しく説明して、その結果の共有もできる。電話だとどうしてもかいつまんだ内容になってしまうのですが、時間を気にせずに書き込めるとなると、情報量も増える。分かりやすくなるし、誤解も減ったと思います」

▲家族や本人の気持ちも書き込みを見ることで詳しく理解できるように

 ドクターゴン鎌倉診療所での看取り率は約80%だというが、スムーズな看取りにはMCSも貢献しているようだ。「カルテが見えるので、患者家族に何を話しているかが全事業所に伝わっています。過去には、医師が患者に話す前に事業所が話してしまうようなこともありましたから、導入前に比べるとスムーズに看取りが行えていると思います」(岸本氏)

 ケアマネなど介護関係者による報告も増えた。「こういうベッドを入れましたとか、訪問看護はこの事業所が入ることになりましたとか、介護関係サービスの報告が入ることによって、私たちも色々考えるようになりました。どうしても医療側の考えに傾きがちだったのが、介護側の見方が入る。多職種の方の見立てというのは、実は僕らとしてもとても大事なんです。医者の目だけだと見えないものってたくさんあるので。長い時間患者と触れ合っている方達の意見を、私たちの仕事にうまく取り込むのは非常に大切なことですね。多職種からの全ての情報がICTで一元化され、患者ごとに時系列で見られるというのは、そういう意味でもすごく助かることなんです」(久島氏)

▲介護サービスについて参考になるやりとりも増えた

鎌倉市医師会でもMCSを採用、医療機関との連携にも活用スタート

 現在、後方支援病院として提携しているのは鶴巻温泉病院1カ所。以前は郵送やファクスで患者情報を送っていたが、今は日々の診療カルテをMCSにアップしている。「病院の決まりで3カ月に一度、紙ベースで報告を送る必要があるのですが、それもPDF化してMCSで送っています。詳細はMCSで確認してください、というだけなのですが」(岸本氏)。

また、2019年12月からは連携型在宅支援診療所として4つの医療機関と連携が予定されている。「鎌倉市の医師会でもMCSが採用になりましたが、連携する機関にMCSを利用している医師がいたので、情報交換はMCSを通してやりましょうという話になっています。毎月、全患者の情報をやりとりするのですが、MCSを使えば全ての事業所にすぐ共有できますから。強化型在宅支援診療所なので、会議の開催が必須なのですが、MCSであらかじめ情報を共有していれば、やりとりもスムーズになると思います」(岸本氏)

今後、在宅の高齢者患者が増えることは確実だが、2035年問題を迎える前に、十分な数の在宅医が育つということもなかなか考えにくいと久島氏は言う。「今いる医師でカバーするには、業務のスリム化が必要で、MCSのようなツールはますます重要性を増すでしょう。ただ、やはり”患者を前にして直接診る”ことが前提だと思っています。なぜなら、在宅の患者は虚弱な方が多いですし、介護している側も同じように高齢だと、投げかけた質問にしっかり答えられないこともある。医療職が行って診て初めて気がつくことも少なからずあります。褥瘡や肺炎などは、実はなかなか見つけられないので、オンライン診療の画面を通じてだけだと、なかなか難しい。行政ともしっかり連携し、対面とツールを上手く使って行くことがより重要になるでしょう」

ドクターゴンでは離島・宮古島と都市圏の鎌倉と人口も環境も違う2つの診療所を、ドクターもスタッフも行き来しながら経験を積み重ね、スキルアップに役立てている。地域の高齢者が理想とする在宅医療環境の実現するため、今後ますますICTツールの重要性が高まりそうだ。

▲理事長の泰川恵吾(ドクターゴン)氏。東京女子医科大学付属病院救命救急センターICU医長から、在宅医療診療所の医師に転身。生まれ故郷の沖縄県・宮古島と神奈川県・鎌倉市でドクターゴン診療所を運営。離島往診に高速船やジェットスキーも活用している。2011年の大震災の際は、被災地支援でも大いに活躍した
▲ドクターゴン鎌倉診療所

取材・文/清水真保、撮影/池野慎太郎

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