コミュニケーションツールが支える医療介護者の連携

区境を超えた多職種連携「としま医介連」7年の軌跡(東京都・豊島区)【前編】

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区境を超えた多職種連携「としま医介連」7年の軌跡(東京都・豊島区)【後編】

池袋といえば都内屈指の繁華街だが、駅から15分も歩くと細い路地伝いに一軒家が立ち並ぶエリアが広がっている。そんな古くからの住宅街の一角にある医療法人社団創成会 土屋医院は、現在の院長である土屋淳郎医師の祖父母の代から続く”街のお医者さん”だ。在宅医療にも熱心に取り組み、現在は豊島区医師会の理事も務める土屋氏は、豊島区だけでなく近隣の区も巻き込んだ多職種連携を進める「としま医介連」を立ち上げ発展させてきた立役者の一人である。多職種連携のためのICT活用に早い段階から注目してきた土屋氏に話を聞き、メディカルケアステーション(MCS)との出会いから現在までの豊島区の変遷を追ってみた。

▲医療法人社団創成会 土屋医院 土屋淳郎院長

MCSの第一印象は「簡単そう、これなら使える」

 土屋氏が在宅医療におけるICT活用に注目したのは2012年のこと。「当時、横浜の朝比奈先生(医療法人社団 鴻鵠会 睦町クリニック院長 朝比奈完医師)のICTを使った取り組みについて、山下先生(山下診療所 自由が丘・大塚 理事長 山下巌医師)から話を聞きました。ICTや多職種連携に関心があったので、『豊島区でもこういうことができたらいいな』と思いましたが、個人的にはまだ私たちには難しいだろうと漠然と思っていました。多職種の全員がパソコンの扱いに詳しくなければ無理なんじゃないか、と」。そんな折に、医院の電子カルテやORCAを取り扱うシステム会社からの紹介でMCSのことを知り、第一歩を踏み出すきっかけとなる。

土屋氏によれば、MCSの第一印象は「簡単そう、これなら使える」ということ。すぐにこのツールを活用した医療介護連携システムモデルを思いついた土屋氏が、当時書き出した5項目の「利用目的例」が残っているので、そのままここに転載しよう。

  1. グループホームからの夜間連絡などの際に、事前にMCSを使う
  2. 2週間に一度の訪問時の病状報告の代わりに、日々の患者さんの状況をつぶやいて共有
  3. 褥瘡などを写メで撮り、MCSに添付
  4. 血液検査などの結果が判明次第迅速にMCSで結果をグループホームに伝達
  5. その他の書類など(PDF等)を添付でやりとり

 その2週間後、在宅難病患者訪問診療事業のケースカンファレンスの際に豊島区在宅医療相談窓口の医療ソーシャルワーカーである武山ゆかり氏から「被災地支援で訪れた石巻でICTを使った取り組みを行っていた。こういうことを豊島区でもできないだろうか」と持ちかけられた。あまりの偶然に運命的なものを感じ、「よし、やってみよう」と背中を押されたという。2013年3月のことだ。MCSの試用にあたり、医師会の各部門に了承を得て在宅難病患者訪問診療事業の対象患者からスタートすることに決まった。

 患者は35歳と37歳の兄弟、筋ジストロフィーにて在宅療養中。在宅難病患者訪問診療支援事業では、約10人のメンバーが3カ月に1回のケースカンファレンスで関連職種の情報共有を行い、必要に応じて電話やファクスで対応することになっていたが、当然のことながら情報のタイムラグが生じ、説明が食い違うなど、スムーズな連携とは言い難い状況だった。「それをMCSでやってみようと話したけれど、やはり最初から全員一緒にというわけにはいきません。まずはできる人だけやってみよう、ということで最初は3人からスタートしました」。

 いざ使い始めると、土屋氏は、それまで得ていた情報が全く十分ではなかったことに気づかされる。「1カ月に2回の訪問診察だと、医者の得られる情報は限られます。その筋ジストロフィーの患者さんはうまく話せないので、目の動きでイエス・ノーを伝えるのですが、そのことすら知らなかった。問いかけに横を向かれた時は、ノーだと分からずに自分が嫌われているのだと勘違いしていた。そういうことをちゃんとわかっているスタッフももちろんいました。他にも日常の様々なことをノートにも書いてくれていましたが、実際の現場では隅々までノートを読んでから診察するとは限らない。情報共有は十分にできなかったですね。よくそんな状態で診療していたなと思いました」。

 今までの連携で大丈夫と思い込んでいると、その問題があることにすら気づかないかもしれない、と土屋氏。「電話やファクスでもいいとは思いますが、もっと現場の生きた情報というのが実は必要。薬の粒が大きくて飲みにくいとか、実は食事をきちんと食べられていないとか、睡眠時間にばらつきがあるなど。医療情報だけでなく生活情報まで知らないと、医師としての判断が十分にできないこともあると思うのです」。

 MCSを使い始めてからは、情報がスピーディに共有されるようになったことで患者家族の不安軽減につながり、医療者と患者の距離も近くなった。そうしたメリットをケースカンファレンスで伝えると「それはいいね」ということになり、MCSを利用するメンバーが1人、また1人と増えていったのだ。こうしてスタートした小さなネットワークが、区内で徐々に大きく広がっていくことになる。

▲土屋氏が初めてMCSを導入したケースの、導入時から看取りまでのタイムライン抜粋。多職種それぞれが訪問時の状況を書き込み、必要に応じて画像をアップする様子が伺える

ICT活用を広め、顔の見える関係を作るための場を

 MCS試用の経過の中で、土屋氏らは当初からICT活用のための枠組みの整備にも取り掛かった。「なんとなく進めるのではなく、きっちり会議をして使い方を議論しながら進めたほうがよいと思いました」と、2013年4月には第1回在宅IT会議(のち「在宅ICT会議」に名称変更)を立ち上げる。最初のメンバーは土屋氏と山下巌医師、吉澤明孝医師(医療法人社団愛語会 要町病院 副院長)、医療ソーシャルワーカー2人の計5人。とにかくITの流れは早く、何もかもスピーディに決めなければならないため、毎月2回という高頻度で会議を実施、セキュリティや運用方法など重要な項目いついて活発に話し合いが行われた。

 医師会の下部組織として行われたこれらの会議の内容を、その都度きちんと報告・共有していたこともあり、その後MCSは医師会で正式採用されるに至る。「正式採用といっても、医師会として一つのシステムに決めてしまって『全員これを使うように』というトップダウン方式では、必ずしもうまくいくとはかぎらない」と土屋氏。医師会のお墨付きがあるので希望者は使ってもいいという状況だったことで、かえって草の根的に広まりやすかったのだろうと当時を振り返る。また、これを三師会(医師会・歯科医師会・薬剤師会)が一緒に進めることができたため、多職種が入って来やすかったという面もある。

 実はこの時点で、豊島区ではすでに多職種による顔の見える連携がある程度できていた。豊島区在宅医療連携推進会議として年に数回の会議や交流会を実施していたため、顔を合わせる機会がもともとあったからだ。2014年3月に実施された交流会において、土屋氏は初めてICTを使ったこの取り組みについて、タブレット端末を使った模擬実演を交えて講演を行なった。これをきっかけに、三師会の会員のほか訪問看護師やケアマネジャー(以下ケアマネ)など現場をよく知る多職種のメンバーがMCSを利用し始め、以降、在宅ICT会議のメンバーも回を重ねるごとに増えていった。

 当時、比較的スムーズにこうした新しいツールが広まっていった背景には、ちょうど世の中にスマホやタブレットが普及していたという状況もある。また、かつては患者の情報をクラウドに置くなどもってのほかとされていたのが、2011年の東日本大震災をきっかけに「データ保護のため重要な情報は外部サーバに置くことも検討すべき」という風に社会全体の意識が変わっていったことも大きい。

 2015年1月に豊島区在宅医療連携推進会議の中にICT部会が創設されたこと(=行政の取り組み)、同年4月に医師会の事業として東京都在宅療養推進基盤整備事業(多職種ネットワーク構築事業)がスタートしたこと(=医師会の取り組み)で、医師会の下部組織としての在宅ICT会議は一区切りを迎える。立ち上げから約2年後のことだ。「行政と医師会それぞれに多職種連携を議論する場ができたので、今度は行政や医師会の枠組みではできないことをする集まりにしていきたいと考えたのです」(土屋氏)。そこで、会議はそのまま、全国医療介護ネットワーク研究会の下部組織としての「としま医療介護ネットワーク研究会(としま医介連)」に移行する。

「としま」とひらがなにしたのは、豊島区に限定せず「だいたいこのエリア」というイメージから。「例えばここ(土屋医院)にしても、隣の交差点を越えたら板橋区です。医療でも生活の場面でも区境なんてあまり関係ないのに、行政や医師会の枠組みだとどうしても区境が超えられないという問題がある。それをなんとか解決したいという思いもあり、行政区は関係なく関心のある人なら誰でも参加できる場を作りたかったのです」。こうして生まれた「としま医介連」は土屋氏の思惑通り、区境をまたいでの連携の場として現在も参加者の輪を広げ続けている。2019年2月7日に開催された第19回メンバーミーティングでの出席者コメントをここでいくつか紹介しよう。

  • 「板橋区では包括センターごとに多職種による支援チームを作って在宅で埋もれている認知症の高齢者をサポートする認知症初期集中支援事業をやっています。区内の全部の多職種が力を合わせないとこの事業はできません。連携そのものは進んでいると思いますが、そこにいかにICTツールを生かしていくかが板橋区の課題。この会に来て、豊島区の先進的な状況を知ることができ大変勉強になります。MCSはあくまでもツールであって、やはりこの会のように直接顔を見て話のできる場があることが大切だと思っています」(板橋区医師会・吉野内科クリニック院長・医師 吉野正俊氏)
  • 「北区では多職種連携はうまくいっているのですが、ICTでいうとMCSとは別のシステムを採用していて、ほとんど稼働していない。この会でMCSを知って導入してみたところ、稼働率は40〜50%とまずまずです。次のフェーズとしてはMCSを使って在宅医同士の連携を深めていきたい。介護現場ではかなり広まっているんですが、なかなか医師の間で広まらないので、そこをなんとかしたいですね。いずれにしても北区は豊島区と板橋区の”いいとこ取り”をして進めていこうと考えています」(北区医師会・医療法人社団 健樹会 理事長/院長・医師 横山健一氏)
  • 「例えば板橋区の難病の患者さんを豊島区の医師や訪問看護師と板橋区の訪問リハビリが担当するという具合に、医療現場においてはすでに当たり前のように区境を超えてMCSで連携しています。また各区の事業所がみんなミックスしてMCSで事例を共有することもあります。区境を超えることについてよく議論されますが、現場はもっともっと進んでいると感じています」(豊島区本町訪問看護ステーション 訪問看護師 村崎佳代子氏)
▲左から吉野内科クリニック院長・医師 吉野正俊氏、医療法人社団 健樹会 理事長/院長・医師 横山健一氏、豊島区本町訪問看護ステーション 訪問看護師 村崎佳代子氏

取材・文/金田亜喜子、撮影/谷本結利

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