コミュニケーションツールが支える医療介護者の連携

「看取り直前の患者も受け入れられるデイサービスでありたい」(山梨・上野原市)

 在宅医療支援はデイサービスを提供する通所介護施設とも関わりが深い。しかし、医療・介護の多職種連携の核を成す情報共有において、デイサービス事業者がMCS(メディカルケアステーション)のような情報共有ツールを積極的に活用し、支援チームの一員として情報共有の効率化に寄与している例はまだ少ない。

 今回は、山梨コアラの相談員・所長 小俣圭氏に上野原市の上條内科クリニックを中心としたMCS活用における、デイサービスの役割について語っていただいた。

▲株式会社 山梨コアラの相談員・所長 小俣圭氏

デイサービス事業者が多職種連携ツールを活用。情報の可視化に一役

株式会社山梨コアラ(小俣圭所長)は、常勤者10名、非常勤者20名で運営されており、デイサービス施設「山梨コアラ」の他に介護タクシー、訪問介護、ケアマネジャー事務所の事業も展開している。

 サービス提供地域は上野原市全域、大月市、相模原市の一部に及ぶ。山梨コアラの設立は小俣氏の父が2008年に始めた介護タクシー事業がきっかけ。上野原市では現在、唯一の介護タクシー事業者で、高齢者が多く、バスの本数が少ないこの地域の貴重な足となっている。デイサービス施設「山梨コアラ」の1日の利用者は平均18人程度だ。

 2016年7月、上野原市にある上條内科クリニックの上條武雄医師を通して難病指定患者のデイサービス利用の申込みがあった。初めは迎え入れを躊躇したが、「その壁を乗り越えるために、多職種連携のための情報共有ツール(MCS)を活用してはどうか」と、上條医師から提案があり、受け入れる覚悟を決めた。
「それまではそうしたツールがあることも知らなかった。あわててアカウントを作って、使い方を勉強しました」と小俣氏は語る。

 ツールを活用する以前は、利用者(通所者)の情報については、ケアマネジャー(以下ケアマネ)から電話連絡のみ。とりわけ身体状況については、情報共有が不十分だった。

「入浴補助サービスのとき、利用者の身体状態がわかります。以前はなかった発疹が出ていたり、引っかき傷があったりすると、その原因についてケアマネや医師に確認しなければなりません。ただ、電話では症状を説明しにくい。その点、パソコンやスマートフォンを使った情報共有ツールなら、患部の写真を撮ってすぐに添付することができる。これは便利だと思いました」

▲患者の身体状態を、MCSを通じて医師に伝えることができる

 このほか、電話だとやりとりの詳細を記録するのが難しいところ、情報共有ツールではすべてのやりとりが記録に残せるメリットがあった。

「ケアマネを経由して医師に尋ねたいことがあっても、これまでは敷居が高くて簡単に問合せができませんでした。その点、MCS上に利用者を軸にしたグループが作られていると、それに関わる関係者がすべて一つの場を共有していることになる。医師とも気軽に情報交換できるようになったし、レスポンスもケアマネを通すよりも早くなりました」と、利点を挙げる。

亡くなるその日までデイサービスを利用した102歳のおばあちゃんも

山梨コアラでは、90歳前後の高齢の利用者を迎え入れることはよくある。ただ、病院に入院中であるとか、一時帰宅ないしは在宅療養していても、病状の悪化が予期されたり、意思疎通も困難であったりする場合は、原則的に利用を断るようにしている。利用者の安全性が確保できないからだ。

 しかし、医療・介護連携ツールとしてMCSを活用することで、102歳のおばあちゃんにデイサービスを利用してもらうことができたという事例がある。

 この利用者の場合、退院後しばらくは在宅で療養していた。最後の看取りは自宅でしたいと家族が要望したためだ。家族はできる限りそばで見守りたいと思っていたが、家族自身の通院などの事情でそれも叶わない。その代わりにデイサービスでくつろいでもらえたらと考えたが、病状や年齢から諦めていた。その思いに対してなんとかできないか、とケアマネと上條医師から山梨コアラに相談があった。

「水分・食事が積極的に摂れない、意思疎通が困難、呼吸の不安定などは致命傷につながります。いつ何があってもおかしくないという状態であり、通常は利用を断るケースです。しかし、上條医師や看護師などがMCSで状態を把握し、何かあったらすぐに駆けつけると約束してくれたので、安心して迎え入れることができました。上條医師は『たとえ移動中に息が止まっても、救急車は呼ばずにまずは私を呼ぶように』と言ってくれました。もちろんそれは家族の希望でもありました。

 他の利用者とともに一日を過ごすことでリラックスしたのか、この方は自分で水分を摂ることができました。その後病状が進み、2回目の利用前日は、ほとんど食事はとらず眠る時間が増えていた。しかし、その日はどうしても家族が家にいられなかったため、そのままデイサービスを利用していただきました。思いの外落ち着いた穏やかな時間を過ごし、その後自宅に戻られました」

 その患者のグループのタイムラインにその日、上條医師は「小俣さんはよくよくぎりぎりまで看てくださった。もしも奇跡の復活があれば、また迎えてあげてください」と書き込んだ。小俣氏も、患者の家族もそれを読んでいた。その2時間後におばあちゃんは家族に見守られて息を引き取った。

 102歳の大往生。その前に、デイサービスを利用してくつろいだ時間を持てたことは、幸いなことではないだろうか。

情報共有によって進化するデイサービスの役割

この他、寝たきりの患者が、デイサービス施設内でリハビリに励む動画がMCSで共有され、医師が驚いたという事例もあった。食事中の誤嚥による肺炎発症を恐れ、デイサービス施設ではできるだけ食事を摂らないように指導されていた患者が、ジャムをたっぷり塗ったパンを美味しそうに食べる動画がMCSで共有されて、患者の生きようとする力に関係者全員が感激したということもあった。診察時とは違う患者の姿が共有できる仕組みだ。

 余命3カ月と言われていた癌末期患者が、デイサービスを利用することで、心身状態が安定し、余命を超えて1年間元気に過ごしている例などもある。この例では、医師、ケアマネ、デイサービス担当者がMCSに参加、利用者の血圧・皮膚の状態の変化を細かく共有し、万が一の病状変化に対応できるようにしていた。

 いずれの例も、デイサービス利用が難しいとされる状態にある利用者を、MCSによる多職種連携が支え、デイサービスの有効活用が進んだ事例だ。

医師とつながっている安心感——MCS活用のメリット

山梨コアラの場合、MCSを利用することによるメリットや効果は次のようにまとめることができる。

  1. 写真の共有。文章を残せる
    入浴の時の全身状態を観察し、発疹、傷などの状況を写真に撮って関係者と共有できるようになった。
  2. バイタル情報の共有
    血圧数値を報告書からのコピーペーストで簡単に貼り付けられる。ケアマネへの報告書と同様の内容が、全員で共有できる。
  3. 医師とつながっている安心感が大きい
  4. 介護者から医師への情報提供がケアマネを介さずスムーズに行える
  5. 医師を含めたケアチームの関係性が「見える化」される
  6. 医師が診断した時の情報も共有化される

デイサービスとしては事前の準備や心構えができるようになった。

 小俣氏は日常のコミュニケーションにSNSを使う世代であり、MCSの操作にもすぐ慣れた。コアラでは訪問介護責任者を含めて6名が利用している。「他のメンバーにやり方を教えると、すぐに覚えてくれた。スマートフォンを使っている人なら誰でも使えるだろう」と、ツール導入の敷居の低さを指摘する。また、「想像するよりも簡単。報告書への記載が必要な事項も、コピーペーストで簡単に転記することができるので、むしろ効率的だ」と言う。

 一般に、デイサービスの業務は多忙であり、MCSに利用者の状況などを書き込むことに不安を感じる可能性もあったが、多職種連携の深まりによってサービスの質の向上につながった。それによってスタッフのモチベーションも向上し、結果的にデイサービス需要が増えるという好循環が生まれている。

MCS活用はデイサービス事業の拡大にもつながる

デイサービスの事業という側面から見たとき、常時、医師や看護師による医療・治療が必要な利用者にもサービス提供することは、高齢者福祉の充実という点でも重要だ。MCSの利用はそれを促進するきっかけに十分なりうる。

「利用者の病状が悪いとデイサービスは途中で中止になることもあります。これは家族にとっても困るし、デイサービスにとっては予定した枠が空いてしまうため、経営的には問題かもしれません。しかし、MCSで情報が共有され、多職種連携ができていれば、デイサービス側は何かあれば医師が対処してくれるという安心感を持てるので、そうした患者さんも迎え入れることができるようになります。そうした積み重ねが地域からの信頼につながっていくと思います」
と、小俣氏は言う。

 利用者の家族にとってのMCS活用のメリットはなんだろうか。デイサービス利用の枠が広がれば、介護負担の削減につながることは明らかだ。例えば、重度褥瘡利用者を一時受け入れてくれるデイサービスが増えれば、褥瘡のメンテナンスに悩む家族の心身の負担は確実に減ることになる。

「逆にデイサービスが利用できないと、介護者の負担は増すばかり。看取りの直前までデイサービスを利用したいと希望する家族は少なくない。結果的にそうした患者も受け入れるデイサービスは、経営的にも安定するし、介護人材のモチベーションもアップする」
と、上條医師は指摘する。

介護従事者は人手不足という課題がある。それを補うためにも今後のMCS活用が望まれている。

この記事のポイント!

・難病指定患者のデイサービス利用を情報共有ツール(MCS)を活用した医師などとの多職種連携によって実現
・バイタル情報のほか、傷などの情報をすぐに写真や動画で関係者に共有できるので、事前準備や心構えがスムーズに
・デイサービスからの情報共有がケアマネを介さずに効率的に行えることで、ケアマネはもちろん介護者の負担軽減につながった

取材・文/広重隆樹、撮影/平山諭、編集/馬場美由紀

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