コミュニケーションツールが支える医療介護者の連携

在宅医療をカイゼンし、患者・家族の満足総量を最大化(愛知・名古屋市)

愛知県名古屋市緑区で在宅医療を行う姜琪鎬(かん・きほ)医師。大学卒業後に臨床医を経験後、アメリカに渡りMBA(経営学修士)を取得。東京で一般企業勤務を経た後に医師業に復帰。地元に在宅クリニックを開業し、その後7年で患者数は250名、年間在宅看取りは60人余りの規模に。経営的な発想や、ICTツール導入を在宅医療の現場に積極的に推進する姜氏に話を聞いた。

▲医療法人 みどり訪問クリニック院長 姜琪鎬(かん・きほ)氏、同・事務長の堀田豊氏、訪問看護ステーション ほたるみどりの貝沼栄里子氏

この記事のポイント!

・みどり訪問クリニックの在宅患者数は250人以上。スタッフ総勢18人の在宅専門クリニック
・経営のキーワードは継続性。無理なく続けられるよう業務の効率化を進め、患者との対話時間を確保する
・大掛かりな統合システムよりも、巷にあるICTツールを組み合わせて活用することで業務の効率化を実現

病院医療と全く異なる価値観の在宅医療

現在、みどり訪問クリニックの在宅患者数は250人を超える。2012年に院長の姜氏が1人で診療を始めた同院も、現在は常勤医師3名、非常勤医師3名体制に。看護師、栄養士兼診療アシスタント、ドライバー、事務、総務をあわせてスタッフは総勢18人と在宅専門クリニックとしては大規模だ。当番制のグループ診療による24時間365日の体制も整っている。

名古屋市緑区は姜氏の生まれ故郷である。大学卒業後、地元・名古屋の病院で臨床経験を積んで泌尿器科の専門医資格を取得。しかし突然、外の世界を見るにはこれが最後のチャンスかもしれないと考え、MBA取得のため35歳でアメリカの大学へ留学する。卒業後は医療者向けのコンテンツ事業を展開するケアネット社の執行役員となり、東京で会社員としての生活を始める。当時の日本はインターネットビジネスの勃興期で、姜氏も留学体験や臨床医のバックグラウンドを生かし、主に医療者向け教育DVDの企画・制作に取り組んだ。もともと好奇心旺盛で、やってみたいことはすぐ実行に移すタイプ。熱い信念を持つ多くの医師への取材を重ねるうち、当時、訪問診療特化型クリニックの先駆けとして注目されていた新宿ヒロクリニックの英裕雄医師に出会い、在宅診療の現場に同行して衝撃を受ける。「訪問先は新宿のど真ん中の団地。診療を待っていたのは、“老々介護”の姉妹でした。妹さんは認知症で寝たきりで、世話をしているお姉さんは全盲。さらに驚いたのは、そのお姉さんは感覚を頼りにきちんと妹を世話していたのです」

「病院の外にこんなにも医師を待っている人がいる。あの時に、在宅医療こそが、医療の枠を飛び越えた最前線なのだと直感しました」と、姜氏は当時を振り返る。英医師に「週末だけやらせてもらえませんか?」と在宅医としての研修を打診。会社員とのダブルワークで在宅医としての経験を積みながら、いつか地元で自身のクリニックを立ち上げたいと思うに至るまで時間はかからなかった。

訪問看護ステーションとの連携のためにMCSを導入

 ゼロから立ち上げたクリニックだったが、開業1年後には患者数が40人を超え、医師1名の診療体制に限界を感じた姜氏。“このままでは身体がもたず医療が継続できなくなる”と、すぐに複数の医師によるグループ診療への変換を検討開始する。その際、もともと連携していた訪問看護ステーションとの情報共有の効率化策として、ICTツールの導入を検討し、採用したのがMCSだった。MCSを最初に見たとき「これは使える!」と直感したと言う姜氏。「なぜかというと、ITリテラシーがないスタッフにも簡単に使いこなせそうだったから。インターフェイスがシンプルなところがいい。あらゆるツールを検討しましたが、MCSは機能を絞っているので、多職種連携の現場感に合っていると感心しました」

 現在、みどり訪問クリニックと連携する訪問看護ステーションは12ステーション。中でも、ほたるみどり訪問看護ステーションの管理者である貝沼栄里子氏は、姜氏と二人三脚のパートナーとして多職種連携の要となり、クリニックの訪問診療を支えている。ステーションには15名のスタッフが在籍するが、全員がMCSのアカウントをもち、主治医の承認および患者・家族の同意のうえで自分の担当外の患者のタイムラインまですべて確認できる状態となっている。これによって、通常の情報共有のほか担当外の患者への対応が必要になった場合の情報共有など、スタッフの業務が効率化し、業務負担が大幅に軽減されたという。以前は患者家族から電話がかかってくると関係するスタッフに個別にメールを送って確認していたが、今はそれが全てMCSに置き替わった。「担当外の患者さんの症例を全員で共有するメリットは、手書きの処置法や薬のセットの仕方などが写真で共有できるので、緊急時などに別のスタッフが対応できること。また気管切開を行った患者さんの嚥下姿勢の動画など、似た症例の患者と接した場合、さかのぼってスタッフの学びにつながります。その他、訪問時の状態変化など、私たちが事後共有したいこともMCSには細かくアップしています」(貝沼氏)

▲気管切開をした小児難病の患者情報を、理学療法士が写真と共にアップ。後で訪問する看護師の対応がスムーズに
▲患者の車椅子に装着するフットプレートの滑り止め、クッションの位置などを詳しく説明してスタッフが共有
▲経鼻チューブの固定方法について、テープを貼る位置など患者からの要望を担当看護師がイラストを付けて説明。臨時のスタッフが訪問するときにもわかりやすい(画像はMCS画面)

業務の効率化を徹底し、患者との対話時間を増やす

「病院経営で重要なのは継続性というキーワード。無理なく続けられるかどうかです。なおかつ業務を効率的に行うことが重要」と姜氏。診療の舞台裏を効率化する最大の目的は、患者と対話する時間をしっかり確保するため。「クリニックに戻ってきてから残務に追われたりするのは、ムダが積もりに積もった結果」と断言する。そのようなことにならないためにも、院内と院外の両方でムダを取り除くことを徹底している。

 たとえば、患者宅へプリンターを携行し、診療後すぐに診療内容のレポートや処方箋を発行している。その場でプリントアウトすることによって効率化が図れるからだ。しかし、プリンターを運ぶ手間や故障した時の対応の手間も問題視しており、今後さらなる改善方法がないか検討を進めているという。「人は日常の作業に慣れてしまうと、たとえそれが非効率な工程であっても鈍感になり、仕事をした気になりやすい。目的は効率化そのものではなく、作業上の問題点を浮き彫りにして、そこに潜むムダを排すること。製造業の生産現場と同様に、通常のルーティンワークを見直して日々カイゼン(改善)を加えてこそ真の効率化であり、診療の質の向上につながる」と姜氏は考えている。

▲卓球台、フィットネス機器、休憩や仮眠のためのアウトドア用品など、オフィスにはスタッフがリフレッシュするためのスペースも用意されている

ICTは複数のシステムを組み合わせて活用する

 姜氏の先進的な在宅医療の現場を視察したいと、外部から見学者が訪れることも多いみどり訪問クリニック。見学者が一様に驚くのはオフィスがいつも静かなことだ。特に朝は電話による問い合わせが多いはずなのに電話が鳴らない。スタッフ間の連携が徹底してICT化されているからだ。「クラウド型サービスが普及したおかげで、費用やシステム導入に必要な人的リソースを気にせず、効率的なシステムが構築できるようになりました。ICTは大掛かりな統合システムをお金と時間を掛けて構築するのではなく、巷にある使い勝手のよい複数のアプリケーションを組み合わせて活用すればいいのです」と、姜氏は提言する。

▲ライトグリーンカラーで統一されリラックスした雰囲気の事務スペース

 みどり訪問クリニックが採用する主なシステムアプリケーションは次の4つ。クラウド型電子カルテのモバカルネット(NTTエレクトロニクステクノ)、訪問チームと院内の即時的な情報共有のためのチャットワーク、訪問看護師との迅速な情報共有のためのMCS、複雑な訪問スケジュールを管理するGoogleカレンダーで、それぞれのシーンで使い分けている。

 患者宅への移動手段は基本的に車なので、カーナビとしてGoogleアプリをインストールしたスマートフォンとApple CarPlay活用すれば、「車載カーナビも不要」と姜氏。Googleカレンダーに記載した訪問スケジュールを起点にGoogleマップのルート検索が立ち上がるので、マルチデバイスに対応したGoogleのアプリの方が断然使い勝手がよいのだ。

また訪問チームと院内スタッフ間での個人情報を含まない院外秘の情報はチャットワークを使用し、MCSは医師と訪問看護師との連携にのみ使用するのが、現段階のルールとなっている。対象ごとに使用するインターフェイスを分けることで、万が一の誤送信を感覚的に防ぐためという考えからだ。また、MCSは医療・看護スタッフのみで情報共有することで、共有される内容・テーマを絞り、迅速な情報共有に役立てたいという側面もある。「電話だと整理されないまま報告されるケースがあるが、MCSを使うようになってから、報告する側も頭の中を一旦整理してから連絡するようになったので助かる。日常のMCSのチェックは必要だが、非効率なコミュニケーションと比較すれば負荷は圧倒的に小さい」と、姜氏も貝沼氏も証言する。

家族の負荷が大きい場合は、終末期に病院へ戻る選択も

 業務の効率化の一方で、在宅の現場では個々のケースへの最善策を常に検討している姜氏。そのケースについても紹介しよう。

脳梗塞の後遺症でほぼ寝たきりに近い92歳の男性の事例では、退院カンファレンスの場で家族に請われて、“自宅療養は無理”という病院の主治医の診断と異なる選択ではあったが、主治医との話し合いを経て患者を退院させたこともある。誤嚥性肺炎で入院したため、もう経口摂取は困難と診断されたのだが、食材や調理の工夫など家族の努力で現在も在宅で全量経口摂取を継続できているという。その背景について姜氏は語る。「リスク回避として、自宅へ帰るなんてとんでもないという病院側の見立ては当然です。嚥下能力の検査は覚醒が不十分な条件で行われることが多いので、病院の医師は在宅の状況までイメージできなかったのでしょう。私は入院前の自宅の様子を知っていたので、あの家族ならできるかもしれないと在宅診療を引き受けることにしました。患者や家族の日常も含めた診療が在宅医療なのです」

 事務長の堀田豊氏が感動した最近の事例は、学生ボランティアの協力で実現した“音楽宅配便”だ。これは「せっかく行くのなら、その人を明るくさせてあげたい。少しでもいい方向に空気を変えてあげたい」という姜氏の思いを形にした念願の試みだった。

 典型的な老年期うつの症状を抱えた、ある男性患者の訪問診療。知識欲求の強い性格的背景から、デイサービスのリクレーションでは満足せず、逆に機嫌が悪くなり家族が手を焼いていた。そこで、診療後にサプライズプレゼントと称してボランティアの医学生がその場でバイオリンを演奏した。「バイオリンの生音の効果は絶大でした。完全なサプライズです。患者さんは大変喜んでくれましたし、医学生がまたやりたいと言ってくれたことも私には嬉しかった」(姜氏)。オーケストラ部に所属する学生の「やってみたい」の一言で実現したのだが、これには姜氏の出身校から、毎年90名近くの医学実習生を受け入れているという実績が背景にある。地域医療に親近感を持ってもらうことは大きな目的の一つだが、在宅医療の患者と演奏を通して触れ合う貴重な機会は、医師を志す若者にとって生涯忘れがたい経験となったことだろう。

 現在、みどり訪問クリニックでは、在宅と病院の看取りの比率はおよそ8:2。実は、病院での看取りがわずかに増えているという。その背景には「患者さんはもちろん、家族にも必要以上に無理をさせない」という姜氏の考え方がある。家族が介護に疲れて参ってしまっているような場合は、多職種で見守りながら、一時的に患者を入院させるレスパイト入院などの措置を早めに行ったり、在宅の継続が難しいと判断した場合は病院の緩和ケアにつなぐこともある。「在宅での看取りがベストではないケースもある、と考えています」(姜氏)。このような支援ができることは、藤田医科大学病院(豊明市)、大同病院(名古屋市南区)など、急性期病院との病診連携に存在感を持つ同クリニックの強みでもある。藤田医科大学病院には、自前の訪問看護ステーションが併設されており、病棟の看護師も必ずここで在宅医療の現場研修を経験するという。そういったスタッフと連携できていることも心強い。

「不謹慎に聞こえるかもしれないが、私は面白いと思って在宅医療に携わってきました。玄関の扉の向こうには、たくさんの患者さんや家族が待ってくれていますが、ひとつとして同じケースはありません。いまだにわからないことも多くて、これで極めたなんて瞬間は一生訪れることはないでしょう。医療者として医療サービスの継続は最も重要なことであり、そのための業務の効率化や人材育成も同様です。ツールはそれを実現可能にする手段として、これからも積極的に活用していきたいと考えています」

取材・文/松尾 幸 撮影/カメイ ヒロカタ

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