コミュニケーションツールが支える医療介護者の連携

医療情報ICT化の20年と在宅多職種連携(千葉・松戸市)前編

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医療情報ICT化の20年と在宅多職種連携(千葉・松戸市)後編

都心のベッドタウンとして発展してきた松戸市は、人口約50万人を擁する県内有数の大規模都市のひとつ。同市の住宅地にある三和病院(一般急性期50床)は、前身である八柱三和クリニックを引き継ぐかたちで2014年に開院、2015年より在宅医療部門もスタートした。同院で顧問を務める医師の高林克日己氏は、この20年来医療現場でのICT活用を推し進めると同時に、超高齢社会を見据えた在宅医療にも長く取り組み、現在は日本在宅医療学会の理事を務めている。ICTの普及・活用に試行錯誤してきた高林氏のこれまでの歩みを振り返りつつ、開始から4年目を迎えた同院の在宅医療現場のリアルを伝えたい。

▲後列左から配川由紀恵氏(三和病院 看護師)、石野恵子氏(三和病院 総師長)、高橋千夏子氏(あんず訪問看護ステーション 看護師)、原寿美子氏(さくら訪問看護リハビリステーション 看護師)、前列左から丹治尚子氏(三和病院 看護師長)、高林克日己氏(三和病院顧問 医師)、大塚かすみ氏(あんず訪問看護ステーション 看護師) 

■PROFILE

高林克日己(医師)/三和病院顧問 千葉大学名誉教授
千葉大学病院で30年以上多くの患者を診ながら我が国の膠原病診療を牽引。また電子カルテの開発と普及、超高齢社会時代の医療に関する研究も行ってきた。定年退官後は、その診療姿勢に共鳴して三和病院に顧問として就任。自ら地域包括ケアを実践するために在宅医療をはじめとした地域に密着した医療に取り組む。膠原病・リウマチ患者のための欧州ツアーも20回以上実施、今後も続ける予定。

医療のICT化に取り組んできた20年

「僕がICTについて感動したのは、試験的に千葉大学病院で自分が入力した気管支鏡の写真を地下鉄の中で見られたとき、今から5〜6年前のことです」。そう話す高林氏が、最初にICTのプロジェクトに携わったのは自身が東松戸病院に勤務していた1999年のこと。かねてより医療現場におけるICTの必要性を感じていた高林氏は、インターネットがようやく普及し始めたばかりで電子カルテすらなかった当時、在宅医の情報と訪問看護師の情報をデータとして病院で共有するためのシステムを作り上げた。本来は、在宅患者の病状が悪化して病院へ救急搬送される場合などを想定し、病院の医師にスムーズに情報共有するのが目的だったが、「蓋を開けてみると、それほど緊急のケースはほとんどなかった」(高林氏)。ただ、この経験から、ICTツールが緊急時以上に在宅医と訪問看護師の日常的なコミュニケーションに役立つということは肌で感じたという。
 地域連携を目的として2000年には国からの補助を受け、システムをさらに大きくして運用したが、これもうまく機能しなかった。「地域連携となると患者情報を病院同士が共有することが主目的となるが、情報を入力してもほとんどの患者のデータは他院に開示されることはない。またベンダーは大きな病院同士の接続を考えて、在宅医療との接続は後回しになった。しかも電子カルテの導入には多額の費用が必要。そこには多職種の参加もないし、医療のICT化から在宅医療は取り残されてしまった」と高林氏。地域連携用の端末は電子カルテシステムとは別に病院の片隅に1台あるだけで、それを使える人もごく限られていたような環境で、だれもが情報にアクセスすることは不可能だった。それが2020年を目前に控えた今、皆がスマートフォンを持つようになり、ようやく時代が追いついてきた。そもそも在宅医療こそが、医療の中で施設間で情報共有することが最も必要な場であったのだ。「日常の世界にスマホが入ってきて、それが普通のデバイスとして浸透した。ICTツールが医療介護現場で有効に使われるようになった一番の要因でしょう」(高林氏)。

 高林氏のメディカルケアステーション(以下MCS)との出会いは約3年前、東京のクリニックへ在宅医療の見学に訪れたとき、そこの在宅医から「便利なツールがある」と教えられた。「携帯端末でパパっと送れる、すぐ患者登録ができる、そういう簡単さに、ある意味ショックを受けました」という高林氏。それから検討をはじめ、三和病院に導入したのは約2年前のことだ。現在、同院では高林氏を含め医師2人体制で常時30人ほどの在宅患者を担当しているが、新たに患者が登録されると必ず患者グループを作成、関係する多職種に参加を呼びかけている。「声をかけても100パーセント参加してくれるわけではありませんが、訪問看護ステーションやヘルパーステーションなど、積極的に参加してくれる事業所もあります」(三和病院 看護師長 丹治尚子氏)といい、三和病院をベースに徐々にMCSの活用が広がりつつある。参加メンバーの職種は訪問看護師が多く、ケアマネやヘルパーの参加も少なくない。主に訪問看護師やヘルパーと医師とのコミュニケーションツールとして活用しており、もちろん現場の作業の効率化にも一役買っている。現場の声をいくつか紹介しよう。

  • 「いつ先生に報告すればいいかわからない情報はMCSで送っておくと返信してくださるので、次回の訪問前に確認できて助かります」(あんず訪問看護ステーション 看護師 高橋千夏子氏)
  • 「先生からの日々の口頭指示は伝え忘れや聞き間違いなどが生じることがありましたが、MCSに書き込んでくださるようになり、そうしたミスは減りました。書き込みが残るので振り返って確認することも可能です」(あんず訪問看護ステーション 看護師 大塚かすみ氏)
▲あんず訪問看護ステーション 看護師 高橋千夏子氏(左)、看護師 大塚かすみ氏(右)
  • 「患者さんの表情や食事の量など、言葉で伝えにくいところは写真で送れるのでいいですね。あとは先生とずっと繋がっているという安心感が大きいです」(さくら訪問看護リハビリステーション 看護師 原寿美子氏)
  • 「当院で担当しているすべての在宅患者さんのタイムラインをチェックしています。日々、病状が変わる方も多いので、訪問看護師さんが写真を含めて患者さんの情報を送ってくださるのはとても助かります。前回訪問から次回訪問までの間の経過がよくわかるようになりました。患者さんの数が多いとすべて覚えておくことができないこともありますが、MCSでは履歴を確認できるので間違いもありません」(三和病院 看護師 配川由紀恵氏)
▲さくら訪問看護リハビリステーション 看護師 原寿美子氏

また、たとえば血圧が不安定な患者、糖尿病で血糖値の動きが多い患者など、常にフォローが必要なケースでは、こまめに情報をアップできるMCSは有用だ。訪看の書き込みを見て気になった高林氏が、患者の亡くなる前日に様子を見に行ったこともある。こうした行動によって家族は医師を信頼するし、ひいては納得の行く在宅看取りにも繋がるだろう。「MCSを使い始めてから、情報が密になったのは間違いない。これによって我々医療介護者の間で話が通じているということが患者さんやご家族に感じてもらえる。これはすごく大きな安心感です」(高林氏)

▲三和病院 看護師長 丹治尚子氏(左)、看護師 配川由紀恵氏(右)

自宅で幸せに亡くなる様子を見て、在宅医療の道へ

 高林氏が在宅医療に取り組むきっかけとなったのは、約20年前の東松戸病院での経験だ。在宅で多くの患者が幸せそうに安らかに亡くなっていく様子を目の当たりにしたことだった。「それまで僕は大病院で何百人の患者さんの最期に立ち会ってきたけれど、こんなに安らかに亡くなる姿は見たことがなかった。なんでこういう違いになるのかな、と考えたところが始まりでした」と話す高林氏は、そうした経験を何度か重ねるうち「自宅で最期を迎えるのが本来の姿なのかもしれない」と考えるようになった。大病院で高林氏が見てきた最期というのは、比較的若い患者のケースが多かった。医療者側に「なんとしても助ける、死なせたら負け」という意識があり、臨終の場は「まさに戦場そのもの」だったという。一方で在宅医療をみると、末期がんや高齢による終末期の患者が多く、患者の希望通り自宅に帰ることができ、家族に見守られながら安らかに亡くなっていく。少なくとも末期がんや高齢による終末期の患者にとっては、通院ストレスがなく、QOLを保ちつつ治療できるという点において、在宅医療のメリットは大きい。「といっても、在宅医療と病院医療が対立するわけではありません。在宅で療養しながら、時々悪くなったら入院することもできます。両方の“いいとこどり”をしつつ、患者さん本来の生活の場で良く生き切って、人生を閉じることができる。それが在宅医療のいいところです」(高林氏)。

 在宅医療には医師と看護師だけでなく、患者の生活をサポートする介護者の存在が欠かせないのは言うまでもない。高林氏はMCSを導入して積極的に介護者との連携を図っているが、一般的にはまだ医療と介護の間に障壁があると感じている。「そもそも病院の医師が在宅医療を理解していないというのも大きい。実際に在宅の現場にいる僕にしてみれば、訪看さんやヘルパーさんの情報が入ってこないと話にならないから、我々のところは医療も介護もフラットに情報共有しています。しかし、アクセスコントロールに神経質になるあまりに、介護側に情報をオープンにしない医師はまだ多いと思います」(高林氏)。また、どんなに現場スタッフにとって使いやすいツールであっても、医療機関や介護事業所のなかには、新しいICTツール導入に消極的なところが少なくない。「経費をかけて別のシステムを使っているから」「セキュリティが心配だから」など理由はさまざまだが、ICTを多職種間のコミュニケーションツールとして捉える意識が浸透していない現状がそこにある。
 20年以上前から医療現場におけるICTの有用性は叫ばれていたが、「当時は情報を共有するということ自体よくわかっていなかった。最初に電子カルテができたときには、それは経営のためのものといわれていたんです。そういう時代でした」と高林氏は振り返る。ところが使い始めると、それが情報共有に役立つということがわかってきた。2010年になると厚労省のバックアップもあり、全国的に地域ネットワーク構築への機運が高まるが、医療も介護も関係なく情報をオープンにするなんてとんでもない、という意識が根強く、医療介護の連携に役立てるようなICTツールの活用はなかなか進まなかった。変化の兆しが見えてきたのはスマホやタブレットなどのデバイスが普及してきたここ数年のことだ。

取材・文/金田亜喜子、撮影/池野慎太郎

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