コミュニケーションツールが支える医療介護者の連携

都市型在宅医療におけるACPとICTツール活用(東京・三鷹市)前編

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JR中央線三鷹駅から徒歩5分に位置するぴあ訪問クリニック三鷹は、2017年4月に開業した訪問診療に特化したクリニックだ。カバーエリアは三鷹市と隣接する武蔵野市をはじめ、西東京市、小金井市、調布市、杉並区など。このあたりは都会の利便性と豊かな自然に恵まれた住宅地とあって住民は多数。それだけに周辺の医療機関や介護関連事業所の数は多い。連携先が多いことによるチーム医療の複雑さ、患者が在宅医療を望む背景の多様性など、この地域特有の課題も浮かび上がる。こうした状況において開業当初よりMCSを導入している同クリニック院長の田中公孝氏に話を聞き、都市型在宅医療におけるICTツール活用の可能性を探る。

▲ぴあ訪問クリニック三鷹のスタッフ。左から水野愛氏(看護師)、田中公孝氏(医師・院長)、和久津美由紀氏(医療事務)、山本燈氏(相談員)

■PROFILE
田中公孝(医師)/ぴあ訪問クリニック三鷹 院長
日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医。長期間退院できない多数の高齢患者を目の当たりにした研修医時代の経験から在宅医療を目指し、2017年に訪問診療に特化したクリニックを開業。クリニックの名称「ぴあ=peer」は「同等、仲間」の意で、在宅医療を支えるプレイヤーである介護事業所、医療機関、地域・行政のメンバーと、患者・家族のためにフラットな立場で支え合う関係性を目指す同院の信条を表現している。

「生活を支える医療のためにMCSは欠かせない」

 田中氏が在宅医療を志したのは研修医時代。担当した病棟で、胃ろうや繰り返す肺炎などによりなかなか自宅に帰れない多くの患者を目の当たりにした田中氏は、病院だけの頑張りでは状況は変わらないと痛感し、在宅医という道を選択する。「当時はまだ在宅医療が世の中に周知されていない時代。研修先は人口の多い横浜市近郊だったのですが、高齢の患者数が増えつつあり、病院で治療した高齢者を退院させられないという問題が顕在化し始めた頃でした」(田中氏)。そこをサポートするために、田中氏は訪問診療に特化したクリニックを立ち上げた。
 開業時のスタッフは田中氏とアシスタントの山本燈氏(ぴあ訪問クリニック三鷹 相談員)の2人きり。看護師を募集しながら、周辺の訪問看護ステーションと連携しつつ 、 1人また1人と患者を増やしていった。現在では患者数約100名、これまでの在宅看取り数は40名近くにのぼる。三鷹市の地域包括支援センターから患者を紹介されることも多く、生活を支えるのが大変なケースもあって、訪看だけでなくケアマネ、ヘルパーと患者が増えるごとに関わる多職種も増えていったという。MCSについては三鷹市医師会が推奨していたこともあり、比較的早い導入だった。「開業して半年経つ頃、頻回に電話のやりとりをするケースで訪看に勧められたのがきっかけです。電話ではお互い事務所に不在でかけ直すことも多く、そのあたりが効率化できるのではないかと思って導入しました」(田中氏)。

▲ぴあ訪問クリニック三鷹 院長の田中公孝氏

 いざ使い始めると、MCSの利便性をすぐに実感する。それまでは訪問してから連絡ノートを見てようやく前回訪問からの経緯がわかるという状態だったのが、MCSを使えばそのタイムラグがなくなる。在宅医療において医師の訪問は月に1、2回というのが一般的だが、その間の情報が見えないまま医療判断をすると、押し付けになってしまうことがある。MCSをうまく活用すれば間を埋める多職種の書き込みによって細かい情報を医師がキャッチできるので、患者の生活をベースにした医療の提案がしやすくなったと田中氏。「生活を支える医療のためにMCSは欠かせません。そういう意味では革新的で、多職種連携が一歩進んだ印象があります」。
 現在では同クリニック主導でMCSでの多職種連携を進めており、ほぼ全ての患者について患者グループを作り、関わる多職種に参加してもらう流れが定着している。訪看ステーションはほぼ100パーセントが参加しており、他にケアマネ、薬剤師、訪問リハビリスタッフ、ヘルパー(主にサービス提供責任者)、地域包括支援センターのスタッフ、夜間対応型訪問介護スタッフ、ケースによっては鍼灸師も加わるという多様さだ。
 ポイントの1つは、夜間や土日の書き込みを見られることだと田中氏は言う。電話やファクスでは遠慮もあり、緊急性の高いケース以外は夜間や土日の情報がタイムリーに多職種から上がってくることはなかったが、MCSでは些細なことでも書き込まれるため、その後の予測が立てられるというのだ。「24時間訪問介護のスタッフさんが、夜間に『患者さんから連絡があったので訪問しました。出血痕があったので一応画像を添付します』と書き込んでくれたこともありました。こういうことはかつてはあり得なかったですね」(田中氏)。

▲夜間対応型訪問介護のスタッフが訪問時の様子を書き込み画像も添付
▲ヘルパーが訪問予定を周知。些細なことだが多職種にとっては役立つ情報だ

 さらに田中氏が重視するのはMCSの患者側タイムラインの役割だ。「患者さん、ご家族に参加してもらうことで、情報の質も量もアップします。特にご家族が遠方に住んでいるケースでは本当に助かります」。たとえばキーパーソンである家族が遠方在住のため1度しか対面で話ができなったケースでは、MCSでこまめに連絡が取れたことにより、それまで見えていなかった患者の気持ちに寄り添うことができた。この患者は普段、家族と電話で話すときには、強がったり、心配をかけたくないという思いがあったりして、体調が悪くても我慢して家族に言わなかったのだが、田中氏や多職種がタイムラインに普段の様子を書き込むことで、実際の状態が家族に伝わった。こうして患者家族・医療介護者双方の信頼感が生まれたため、看取りの際の説明もスムーズに受け入れてもらえたという。
 また、電話やファクスだけの時と違い、MCSの導入後は患者が入院の経過を伝えてくれるようになったと田中氏は言う。「特にお願いしているわけではありませんが、『入院しました、診断はこうでした』『食事ができるようになりました』『そろそろ退院します。決まったら連絡が行くと思うのでよろしくお願いします』など連絡がくると、こちらも退院後の準備に慌てることがなくなります。通常、入院中の情報は入ってこないので、これは大きな変化でした」。

▲訪問看護師から患者の入院・退院予定の報告が上がる

<【中編】につづく。>

取材・文/金田亜喜子、撮影/谷本結利

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